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ささくれになりたい

塚田くんのささくれになりたい塚田担、最近トラジャが気になる。懐古したり、妄想したりします。

社会人になり好きなバンド、ギタリストを追いかけた五年間

 

もう年度も変わり環境が変わった方や新社会人の方もいるかと思います。

私は4月でもう社会に出て五年生になりました。

 

それと同時に社会に出る直前くらいに好きになったバンドのライブに通い始めて5年になろうとしています。

 

そう、私の社会人として過ごした時間は好きなバンドと重ねていった思い出や時間ということにもなります・・・

 

そして、社会に出て躓いてばかりだった自分を支えたのもそのバンドの奏でた音楽であったり、ライブの時間であったり、大好きなギターの人の存在、言葉、想い出なのです。

 

私がそのバンドに出会った時、ギターの人を好きになったとき、私はまだ学生で髪型もアシメにメッシュで、青とか紫のカラコンを着けていて、スカートは穿かず、男の人のような恰好をしたり蜘蛛のピアスをしたり蹴ったら人を殺せそうなブーツを履いていたりした。

 

その時ギターの人はきのこっぽいボブヘアーで、ライブでも歌うことも話すこともなく、黙々とギターを弾いていた。

 

ライブの終わりには、そのバンドはファンとの距離が近くて話をすることができた。ライブに行ってから数回、勇気を出して彼に話しかけた時のことを今でも覚えている。帰りに泣きながらお母さんに「話ができた、生きててよかった」と報告し、母に呆れられたことも。

 

 

それから五年、私も社会人になり蜘蛛のピアスは封印し、かつて「絶対着ない」としていた女っぽい恰好やスカートを穿くようになっていた。生まれてからずっと彼氏ができたことがなかったけれどこの五年間の間にできた。別れたけれど。社会に出て、何度も辞めちまえニュアンスのことを言われていたけれどなんとか仕事を続けることができている。

 

ギターの人も、いつの間にか歌うようになったりMCで物販の紹介をしたり、自作の曲を発表するようになった。なにより、ギターのパフォーマンスが変わった。 

 

曲に合わせて佇まいや表情も変えるようになったし、ギターの音色にも変化が生まれた。バンドの追加メンバーとして加入した彼はそれこそ、はじめは弾くことのできる曲のバリエーションも少なかったのだろうし前のギタリストと比べられる部分も沢山あっただろう。私もバンドに出会いたての時に買った以前の編成の音源と、ライブの音源はやはり違うものなのだな、と思うことがあった。

 

だけれど、五年という時間で彼はバンドの音色を自分のものにしてしまった。彼にしかできないアレンジが沢山加えられていった。新しく出る曲のギターの旋律も「攻めてる」ものが増えた。

 

ライブに通うにつれて彼のギターはよくなっていった。努力をし、望む姿を手に入れていく彼をみて、私も仕事を頑張ろうという気持ちに何度もさせられた。

 

好きになってすぐにいったライブで彼のギターの音が出なくなるトラブルがあった。その時はすごく不安そうな顔で見ていた(・・・らしい。ベースの方に「不安そうにみてたでしょー!心配してくれてありがとうね!」と物販で言われた)

 

けれど、この前のライブではボーカルの方のギターの音が出ないトラブルをさっと解決していて感動した。

 

それと同時に自分がなんとなく過ごしていた五年間で彼はどれだけライブをやって努力を重ねてきたんだろうと思っていたら自分のだめっぷりに悲しくもなったw

 

 

ライブ後に物販でお話をしたときにも沢山、助けられた。

 

仕事や仕事での人間関係がうまくいかなかったときに、ライブ終わりになんでだか、「仕事が出来なくて悩んでて・・・」と言ったらギターの人が「仕事が出来る出来ないで人間性を決めるヤツはクソだ」と言ってくれたことがある。

 

まさか、そんな言葉をかけてもらえるなんて思っていなくて雷が直撃したような衝撃を受けた。その時に正直言って社内で嫌がらせを受けていた時期だったから尚更響いた。

その言葉は5年間、要所要所で躓いていた自分を助けてくれた。ただライブに行ってるだけの自分にそんな言葉をかけてくれる優しさにすごく、すごく救われた。

 

 

っていうかもうそんな前置きはいいとして私の大好きなギタリストは!!ギターの人は!かっこよくて可愛くて優しくて変わってて面白くて最高なんだよ!!!!!!!って!!!!!!!!話!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

もちろん音楽も最高なのだけれど好きになって5年記念というかまぁ、そういう思い出話です。グループサウンズが好きな人はザ・キャプテンズというバンドなのでぜひ聴いてください。ハートにピットインと、メロメロがおすすめ!!!

 

 

 

 ライブに通い始めて5年、物販で話をする時もまだ緊張しているし敬語なのだけれど毎回手紙を渡し続けていて私の情報は昨日の夕飯からなにからなにまで提示しているからもう友達気分でもいいよね!?!?って思い続けてるけどやっぱり緊張していて、でもこの前、ブロマイドにサインをしてもらった時に!!!!ついに!!!!名前を!!!さんもちゃんもなしに!!!!!書いてもらいました!!!五年間!!!さん付けだったのに!!!!!

 

 

アイドルやバンドマンはものの試しに呼び捨てでサインを書いてみるといいです。わたしは本当にうれしかったです。その後仕事でなにがあっても頑張れたし生きていけると!!!!思った!!!!!!

 

アイドルやその、好きな人の存在ってすごくて、まず見ているだけでうれしいのに話ができるだけでもう頭がおかしくなりそうなくらい嬉しいわけですよ。

 

 

 

 

って所まで書いて飲み会に行ったんだけどいい感じに酔っ払ってるからこの勢いで書くね

 

もう大好きなジャッキーとの出会いから書くね

 

 

まずバンドとの出会いは対バンで、別のバンド目当てで見に行った時のことなんだけどこの時あまりにお金が無すぎてワンドリンク支払ったら家に帰れないんじゃないかぐらいの勢いだった。

 

学生だったしお金がなすぎたし卒業研究もあったかなにかで行かないことも考えてたけどなんとなく行ったライブだった。

そして目当てのバンドが終わって最後にキャプテンズなんだけど結構疲れてたからこのまんま帰ろうかとも考えてて、でも、なんとなーく、いた。

 

ちなみにライブ会場入る前「失神」って書いたTシャツ着てる男性が沢山いてそっち系の怖いバンドなのかと思っていた。

 

 

そしたら始まってみたらなに!?!?全然○翼じゃない!!!!すごく楽しい!ユズヒコさま!!!!!?????

(この時まだ「傷彦」を「ユズヒコ」と空耳していた)

 

もともとグループサウンズ好きだった私は「世界で一番大事な言葉をあげるよ…愛してるよ!!!」と叫び失神する傷彦様の世界観に感動し、あのハッピーな世界観のライブにのめり込んだ。

ドラムソロの時にファンの方が全員座ってみんながドラムのヨースケさんを見れるようにしているのもすごく好きだな、と思った。キャプテンズのファンの方は素敵な方だらけで、こんな素敵な人になりたいなと勝手に思っていた。

あと、ギターの人女の子みたい、あとすごく友達に似てると思っていた。

 

気が付くとその週末だかにやるライブのチケットをeプラスにアクセスして入手していた。あの時お金をどうしていたのか自分でもわからない。

 

 

 

そして二度目のライブ、この時にはもう「ユズヒコ」だと思っていた人は「傷彦」であることを知っていた。

あと、ギターの人はジャッキーで、年齢不詳、出身不明…キャプテンズはあまり演者のプロフィールを公開するバンドではなかった。

 

私はジャッキーが12月15日生まれのB型で、好きな飲み物はカルピス(すごくかわいい)、好きなマンガはジョジョ(めちゃくちゃ可愛い)好きなバンドはピロウズであることぐらいしか知らなかった。

 

で、ここまでジャッキーのことを調べあげるまでになぜかすごくジャッキーのことを好きになっていた。なぜだかよくわからないけど恋に落ちていてそれが今もずっと続いているんだと思う。

 

 

今でこそ普通だが好きになりたての時は尋常じゃなくて学校でもバイト先でもジャッキーのことずっと話していた。それは就職してからもそうだった。どこか道端でジャッキーと出会って恋に落ちるの〜!と家で叫んで弟に心底引かれた。若いって怖いなと今なら思うが本当に好きだった。今も好きだけれどこの時は片田舎のバイト先にジャッキーが偶然現われる妄想を繰り返していた。

 

 

そんなジャッキーだが頭の中で妄想は繰り広げられているけれどライブに行っても話しかけることなんて恥ずかしくて出来なかった。恥ずかしいのと大好きすぎて、こんなカスみたいな人間とジャッキーは会話してはいけないんだと思っていた。

 

でも、ライブが終わった後にファンの方(グルーピーと呼ぶ)が思い思いのメンバーと話したりしているのが、ちょっといいなと思っていた。

本当はジャッキーが大好きなこと、応援していることを伝えたかった。

 

そして二、三度ライブにいった後に、大好きであることを手紙で伝えることに決めた。

 

迎えた4回目のライブでやっと、ライブ終わりにジャッキーの前にできる列に並んだ。

なかなか列が進まずに、ジャッキーのまわりに人が増えていって、あぁジャッキーは人気者なんだな・・・と思った。こんなオタクが顔向けできるはずもない・・・と思っていた時に、ボーカルの傷彦さんのファンの方がおろおろしていた私を見てジャッキーに「この子ジャッキーと話したいって!」って声をかけてくれた。

 

そしたら周りの人も私をジャッキーの前に入れてくれて人類の優しさに涙が出そうになったし目の前にいるジャッキーがなんだか神々しくて

 

 

「あ、あ、あの・・・・・」

 

 

とコミュ障フルスロットルだった。

 

 

 

そしてお手紙を渡すことができて、握手もしてもらって、帰りに世界がキラキラと輝いていた。

もう二度と手を洗わないと泣きながらお母さんに言った。結局その手は洗ってしまったけれどその時のうれしい気持ちはずっとずっと残っている。

 

 

それからジャッキーへのすきをこじらせた私はバイトと学校のない間にライブに通うようになっていた。

 

青いカラコンをして握手会に行ったときには「カラコンですか?・・・カラコンは目の裏にいったりいろいろあるので気を付けてくださいね」と言われたり(少し目薬を多めにつけるようになった)初めてブロマイドにサインを書いてもらった時にはもう死ぬかと思った。

 

ツイッターのアカウントをなぜか知られていて、ジャッキーにあこがれてギターを始めた時にお父さんから借りたエフェクターの写真のせてたら「あれはいいやつですよ!大事にしてくださいね」って言ってもらえたり(結局Fのコードをうまく押さえられなくて断念)IDにちなんでしょくぱんまんの絵をブロマイドに書いてもらったりした。

 

あと、ギターうまくなっていつかキャプテンズと対バンするんだという夢が私の淀んだ社会人生活の光にもなっていた。

 

 

ライブのパフォーマンスもすごく好きだったし、バンドのメンバーがみんな好きだった。なかでもギターのジャッキーが大好きだった。今も、大好き。

 

そんなこんなで過ごした五年間、私も変わった。ジャッキーも変わった。いろんなことが、周りでも変わっていった。

 

彼の奏でた音楽が私に何度も前を向かせてくれた。キャプテンズというバンドが持つ明るさが何度も私を救った。

そんなバンドに対して私のできることはCDを買うことやライブに通うこと、ずっと大好きだと言い続けることしかないけれど。

ライブのたびにジャッキーに書いている手紙も、きっと大好きのワンパターンでつまらないものかもしれないけれど。

大好きでいつづけることしか、できないのだけれど。

 

いつか、きっともっと人気が出てファンとの距離も遠くなるのかもしれない。

物販でジャッキーに直接ライブの感想を言うだなんて、できないのかもしれない。

ライブのたびにせがんでしまっていたサインも、書けないのかもしれない。

握手をしたり念で「結婚してくれ・・・・!!!!」と祈ることもままならないのかもしれない(気持ち悪くてごめんなさい)

 

でも、いつか、そういう日を祝福したいとも思っているし、いつかジャッキーが素敵な女の人と結婚をしたらそのお祝いもしたいし、自分が素敵な人と結婚をしたらブロマイドに結婚おめでとうって、書いてもらえる日が来たらうれしい(最近の妄想のネタ)

 

・・・ってジャッキーへのガチ恋衝動がさらに気持ち悪い形になってしまったことの報告ブログでした。

 

 

今日もライブにいくけど!大丈夫かな!!!!!気味の悪いファンで、ごめんなさい・・・

 

 

このブログを本人が目にしないことを切に祈ります。

 

 

おわり!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

生きる意味を探している

 

と、書くとすごく物騒だったり切ない雰囲気になるのだけれど本当は生きる意味を探しているのではなく生きる意味を探す力もない。なにかに絶望してるわけでもない。ただ明日も明後日も生きていくことに対して希望が湧かない。楽しみじゃない。

明日よ来るなと泣きじゃくるわけでもないけれど常に頭をぼんやりと「生きる」「生きない」という言葉が包んでいる。かといって死ぬわけではない。

ゾンビのようだ、とたまに思う。ただ心臓を動かしているゾンビ。人間の皮を被ったゾンビ。

 

趣味もそれなりにあるしコンサートやライブに行けば楽しい。幸せな気持ちになる。ただ昨日帰り道ふと気付いてしまったのは自分は大好きなアイドルやバンドをみられないのは嫌だという気持ちで生きる気力が湧いてこない悲しい人間だったというぼんやりとした事実だ。

 

明日も仕事をする。明後日はお休みだ。きっと楽しいこともあるのだろう。明々後日もお休みで楽しいんだろう。でもそれが強く響いてこない。生きようとか生きてて楽しいとか浮かんでこない。それを模倣できたとしても。

 

 

とか、一人になると考えてしまうけれど誰かといたらそういう思考は忘れることができる傾向にあるみたいだった。だからきっと人に沢山会った方がいいのだろう。

 

 

 

あとは、今日の朝ふと時間があったので「明日 生きようと思 ない」でGoogle検索をしたら下記のサイトが出てきた。

(思えない、と思わない、のどちらの言葉を使うか少し考えあぐねてしまった結果このようになった。)

 

http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2015-04/23.html

 

 

自死を選択した人や遺族の思いを目にして、漠然と頭に浮かべていた死が形になるとどうなるか、…うまく言葉にならないけれど勝手に涙が出ていた。

他のページでは20代の自死について特集されていて「今、死にたい人達」の言葉が並んでいた。そこでは自分は、共感するところばかりだった。だけれど、自分の周りの人にこんな思いをさせてしまうのはあまりに…。

 

生きようとは思わなくてもいいから死ぬという選択はとらない、それが、今の自分にはいいのかもしれない。

 

最後強引に話をくくったのは電車が到着してしまったからです。

 

それではまた。

 

技術職に女の居場所はないのか

ブログに書くようなことではないのですがただの愚痴です。

 

 

技術職というか性別の偏った仕事のマイノリティ側の必要性ってなんなんだろうね。

私は女性の少ない環境にいるけれど求められていることがわからない。

 

一方では男性と同じように働くことを求められている。これはいい。

でももう一方で周りの人間に対し寛容であり、時には厳しく注意することも求められている。

なんていうか、お母さん?聖母?みたいな。

普通の人間が腹を立てて怒るところもいいよ、と許すことを求められているようだ。その上女子力?女らしさ?みたいなものも。自分に要素がないからなのだろうか。

 

実際に注意しなければならないことが増えてそれを口にしたら「●●は俺に優しく無くなった、もっと前はなんでも許してくれたじゃん」と言われた。

その前段階の忠告のような一言は対して耳に入れられてないようだった。女だからかはわからないけれどあいつは冴えないから、という理由か朝礼や終礼で周知をしていても話を聞いてもらえないことも職場ではちょこちょこあった。

寛容のレベルというのも、職場で問題があり周りが完全に見放したような人間の指導役になり「優しいからあいつのことを見捨てないだろう」とまぁ言葉を悪くいえば厄介者を押し付けられていた。

 

職場にいる他の女性も女だから、と様々な要求をされているようだった。

 

 

結局何を求められているのだろうか。

 

正直顧客と対面しているときの感触とすれば「技術職に女性の需要はある」と思ってる。絶対にある。むしろ、よくしていただいたと思ってる。何度も辞めてしまおうと思った時に勇気付けてもらえたのは向き合ったお客様の言葉だった。

 

問題はお客様の中ではなく弊社の中にあり、まぁわかっているんだけど自分にある。

 

物事はっきり言えない、サバサバしてない、言葉を延々と引きずるスライムのような性格をしている自分には向いてない、以上。

 

そもそも、多分技術職や現場系の仕事はサバサバした姐さんみたいな、かっこいい女の人がなるもので決してこういう性格の人間に適性のあるものではないんだろう。

 

まぁ結局、技術職に女の居場所がないのかってその答えはわかっていて。もちろんあるよ。

男性にだって明らかに他で伸びたろうにという後輩もいる。(他でなら潰れなかった、も然り)うちの会社はクビがないから繋がっているのだろうという人もいる。正直自分もそれだと思ってる。

 

結局、私の居場所がない、ただそれだけなのだろう。

 

駅に着いたのでひとまずここまで。

ぶっちゃけ就職説明会を一人でやってみた

 

この前、仕事先で就職活動を行っている方と話す機会がありました。

何人かの同期や先輩と一緒に就活生と対話したわけですが、

 

まぁ・・・人事部の方の前ではやっぱり言えることと言えないことがあるなぁwとw

 

と、思ったので、本当の本音ベースでの、私の進路選択や仕事に関することを書いていきます。

私の周りの方も、就職をしたり、中には休職をしたり転職をする方もいました。その方のお話も踏まえつつ、誰かの役に立つ文章を書ければと思います。

 

長くなってしまうので先にまとめると、就活生に伝えたいことは・・・

 

・正直就く仕事は文理の選択からだいたい決まる。文系についたらどんな職業に就くか、理系になったらどんな職業か、それは自分のやりたいことかをきちんと考えること

・働いてお金が入ればいいやくらいの気持ちで就活すると危険

・どこでもいいやという気持ちのみで就職をすると仕事があわない、人が合わない、などのことから再就職をすることになったり、運が悪ければ心を病んで働くことができなくなる

・初任給はだいたいどこもとんとんだが、昇給の制度やボーナス、年休が違うことを念頭に置き、お金のことが気になる場合はさりげなく探りをいれること

・「社員のやる気が支える会社」は危険

・「制度はホワイト、職場はブラック」な大企業もある

・男女比に偏りのある職種に就く場合、異性と同性のタイプをよくみること。同性でも「同性をマウンティングの道具にする同性」にはよく気を付けて

 

 

です。これは「同じ会社で長く、自分のやりやすいように仕事をする、生活をなりたたせることができるような会社選び」の自分なりのコツです。

もちろん、商社の方とか意識高めというか・・・そういう方には当てはまらないことが沢山あると思いますが・・・。

そして、これは私自身も高専を出ているのもあって、専門卒だったり、高卒だったり大人になりきらないうちに進路選択をする方向けの文章になっていると思います。

 

高卒の方だったり、専門学校を出る方は大学で進路選択をする場合に比べて人生経験や人脈も足りず、やりたいことも明確ではなくて、進路決定に後悔する方も少なからずいるのでは、と体感しています。

自分もそうだったし・・・でもどこで誰に聞けばいいかもわからないですよね。というわけでもうここで書いちゃおうwと、そういうわけです。

 

職業によって毛色は変わるかと思いますので一応お話させていただくと、私は現場系というか・・・つなぎとか作業着を着る系統の会社で外で人と対面をしながら行う仕事をしています。SEとはまた違うのですが。

ちなみに女性が全然いませんwもっと増えてほしいw

 

 

あぁ、あと、就職説明会で話す質問に困る方もいらっしゃるかと思いますので、先に就職活動生から聞かれたことを羅列しておきますw参考になさってください。

 

・仕事のやりがいを感じた時は?

・一人称で仕事を回すことが出来るのは大体いつ頃からか?

・学生の時にしておけばよかったと思うことは?

・今までで一番イヤだった仕事はなんですか?

・配属される部署はどうやって決まりますか?

・どんな後輩に入ってきてほしいですか?

・自分の時間はどのくらいもらえますか?

・大学の勉強で役に立ったことはありますか?

 

 

 

こんな感じでした。

仕事へのイメージも浮かばない状態でこのくらいの質問をしていれば無難かなと思いますし、私が就活してた時はこんな質問もできなかったと思いますw

 

そうですね、今まで一番嫌だった仕事とか苦しかった仕事ってその仕事の程度がわかっていい質問だけど聞かれた側はいろんなことを考えてしまって困っちゃいましたw

 

技術系なので汚れ仕事がありますよというのはあげたけれど一番イヤなのはなんですかねぇ・・・重い荷物を一人で持たないといけないときですかね?もううちわより重い荷物なんて持ちたくないよ~~パトラッシュ~

 

 

それはいいとして。

 

 

 

まず、最初に話したポイントを細かくつきつめていく方式でお話したいと思います。

 

 

 

・就く仕事は文理の選択からだいたい決まる

 

これ、あたりまえなのかもしれませんが学生の時代ってあんまり考えない気がするの気のせい?

「学校の持ってる推薦枠の学科ごとのネームバリュー」「友達が選んだから」などなど・・・いろんな理由で決めない?

 

ちなみに私は友達が入った、というのと入れそうな学校で一番偏差値が高くて親が喜びそうだから、という理由で文系が好きなのに理系の学校に入り、そのまま理系の技術職に就きました。

一回そういう道に進んでしまうと理系から文系へ・・・とか、ちょっと難しい。それぞれの分野で学びのレベルも違うし、変更をするにもエネルギーがいる。そんなことに無駄なエネルギーを使うのなら自分の行きたい道を選んだほうがいい。

 

もちろん利点はあったし、先々のことについて全然考えていなかったからまぁ、よかったんだけど。

(文系得意な状態で理系に入ったから、理系の学校の文系の授業は成績が良かったし、そのことで全体の成績がぼちぼち良かった(気がする))

(あと高専に入る人はもともと文系がめちゃくちゃ苦手で入ってくる子が多いから、そういう人の力になれることも多くてすごくうれしかった気がする)

 

でも、「将来○○になりたい」とか「自分は○○が得意だ」というものがぼんやりわかっているなら、それ寄りの文理選択をした方がいい。

 

で、そんなのわかんないよ!って場合はできるだけ、文理の異動がしやすい選択をしたほうがいい。普通の高校に通うとか、専門学校はもう「その道一本」になるから、よく考えたほうがいい・・・と考えなしだった私は思います。

 

高専、めちゃくちゃ楽しかったけれど、「エンジニアを育てる学校」なのにエンジニアに関することに全然興味が持てなくて苦しかった時もあった。でもめちゃくちゃ楽しかったし、同級生も先生も良くて、うん、結果楽しかった。でも、どこかで「似非高専生だ」と思ってた。自分をそういう、なんかまがいものだと思って五年間過ごしてきた。

できれば、きっと、「ここが自分の居場所だ」って思える場所に自分を連れていってあげた方がいいです。就職でも進路選択でもいえるけど、わざわざ自分を「マイナー」に持っていくことはないんじゃないかと、24年生きてやっとわかった。

 

 

・働ければいいやという気持ちで就職すると危険

 

なんか就活うまくいかないと正直どうでもよくなったりしませんか??ww

卒論とか卒研とか、課題とか単位とか、遊びとかバイトとかあるじゃないですか?

 

もうどこかから内定貰って楽になりたくなかったですか????wwww

 

 

私は早く楽になってオタ活したかったwwwwwwwwww

 

 

周りもそういう人ばっかりだったwwwwえ、これって類友なだけ??世の中もっとしっかりした人ばっかり????wwwww

 

 

うーん、でもこの「とりあえずどこかで内定を・・・」とやみくもになるのは危険です。特に「自分の性格クセあるな」という自覚があるなら尚更慎重になって自分がこれから身を置く環境をじっと、よく見てください。

 

仕事は自分にあってるか?要領が悪い自覚があるならスピード感のある職種は地獄を見ます。

 

あと、やりたいことがある人はそれに沿って探せばいい。でもやりたいことがぼんやりしてたり見つからない人はもーっと、就職する候補に挙がった会社をよく見てください。

 

あら探しになっちゃうけど、「やりたくないことはないか」「やりたくないことは自分の許容範囲か?」って視点で探してみれば、会社に入ってやりたいこと見つかるかもしれない。

 

そして、職種もそうなのですが大切なのは「人間」です。

 

 

酷いことを言うと、いじめられた経験がある人は、よく、よく見てください。

大人だからといっていじめがないわけじゃないです。

 

誰か自分を煙たがりそうな人はいませんか?説明会の中で社内の人を良く見てください。人を排除する空気はありませんか?社員からの一言のページをよく見てください。きれいな言葉の中に自分に刺さるトゲはありませんか?

 

 社員紹介のページに載っている方が「自分と関わり、自分に仕事を教えてくれたり、なにか問題があった時に謝罪をしに行く相手」だという視点でよくみてください。「自分のことを評価し、昇給を決める相手」になる場合もあります。

 

その時に自分が暴力を振るわれたり言葉でひどくなじられたり、貶められたり・・・なんてことを想像できないような人が多いところに就職できれば、とりあえず大丈夫なのかなぁ、と。

 

もちろん仕事って内容も大事です。でも、一緒に過ごす人だって大切。

そりゃ、仲良しになれればいいけどそんな必要はなくて。最低限殴ったりなじったり、そういう人がいなそうなこと、自分の心が病まない程度の人間関係を自分は築ける、という自信をもてそうな環境を選びましょう。

本当に、どんなに給料がよくても嫌がらせされたりしながら仕事するのって地獄だから!!!!!!!!!!!

 

技術職を選ぶ人は特に「人を見るべき」だと思ってます。

 

技術職は、だいたいが社内専有の知識やスキルがあります。ググってわかることも、限界があります。工場の親方、をイメージしてください。

 

だからこそ、自分がすぐに仲良くなれそうな、懐に入っていけそうな人がいないと仕事を教えてもらうことにも苦労します。技術職の親方気質のある方は、まだ昔の時代の名残がある方も沢山いて、

 

そういう人に認められない=仕事を覚えられない=仕事を干される

 

なんてことになりかねない。

 

 

実際に私の会社では明るかったりギャンブルが好きな人は先輩に注目されてなにかといろんなことを教えてもらっている印象です。タバコが好きだと社内の情報がよく入ってくる。

以前にブログで書いた気もしますが、先輩と揉めやすい子が新しいプロジェクトから外されそうになったり、そういう嫌な部分もあります。

 

それは逆を言えば、先輩に愛されればそれなりに仕事が出来るということで。

なので本当にできることなら自分の性格に合った人の沢山いる職場に就けば、どんな仕事も大丈夫なのかも・・・と思います。

 

だからこれから仕事選びをする人は、お給料や福利厚生、仕事の種類も大切だけど人もよく見てほしい!!!!!

 

だって、福利厚生がしっかりしててもそれまでに自分が心を病んでしまったらどうしようもないもの・・・。

 

 

 

 

自分の経験談は悲しいので言いたくありませんが、入社式の時に「この人異性を見た目で判断して対応変えそうだな」と思った異性に、見た目を理由に(昔は男みたいな見た目をしていたため・・・?)聞こえるように悪口を言われたり、一緒に仕事をしたときに彼がしたミスを自分のせいにされて、先輩へ言いふらされた時期がありました。自分の直観って信じていいと思います。

その人の嫌がらせはやっぱり見た目を女の子のように変えることで(?)収まりましたが、辛い気持ちや男の人が怖いと感じる気持ちは残っています。

 

聞こえがいいように言えば、私は変わりました。見た目も、話し方も、性格も。自分が痛い思いをしたから、人には優しくしたいと思うようになった。

 

だけれどもどこかで、自分が自分として生きていない、自分として生きていたら排除されるような、そんな心地を味わった人間なんだという気持ち・・・負い目?が、あります。

できることならこんな思いはしたくなかった、誰にもこんな思いをしてほしくない。

 

 

だから、環境選びはしっかりしてほしい。

おばちゃんとの約束な、みんな約束やで。

 

 

なんだかここまでで長くなってしまったので一旦この辺で。

 

書いてて思ったけど、私はクソみたいな社会人なんだろうな・・・社会人というか、なんだ?社会人なのか?エセ社会人??

 

あと、就職に関して仕事の内容について全然話してないのは、話すと個人が特定されそうで怖いからですw

 

仕事はそれなりに楽しいです。最初こそ就活の失敗のお手本みたいなアンマッチ具合(車の運転得意じゃないのに毎日運転することになった、手先が器用じゃないのに技術職についてしまった、要領悪いのにガチ現場系で最初とろいと怒られていた、体育会系の人ばかりで人にまず馴染めなかった・・・など)だったかもしれないけれど、年度が増すごとに自分の得意分野の仕事も増えてきて、褒められることも増えてきました。周りの人が、すごく良い方ばかりだったからだと思っています。仕事も沢山教えてもらいました。

 

私のところは年度ごとの昇給もないし周りに比べてお給料も安いです。でも多分、お休みはすごくとれる。残業もあまりない。

 

うん、でも、お給料安い・・・。

 

 

まぁいいかwみなさん、よい就活を!!!!!

 

 

無理やり、おわり!!!!!!

今を生きることができないヲタクなのは過去に生きているからなのだろうか

懐古厨のただの呟きです。なぜ公開したくなったのかはわかりませんが、とりあえず書き残しておくことにしました。

 

 

ジャニーズアイランドを観てきた。

 

初代JW以来まぁ内容はだいたい一緒だろうと観てこなかった劇だけれども、エンターテイメントをこれでもかというくらいふんだんに詰め込んだ舞台に心が躍った。

 

塚ちゃんもかわいかった。ステージの上での塚ちゃんは最後に見た塚ちゃんと変わらない。音を愛し、リズムをとって弾む塚ちゃんだった。

ソロ曲もあってうれしかった。悲しみの中に希望を見出す役柄も塚ちゃんそのままだった。

帝国劇場に立つ塚ちゃんで自分の頭に残っているのは滝沢革命とかあぁいう時期だったから。塚ちゃんはそのままで、ステージの中心に立っているのをみることができて本当にうれしかった。

 

 

 

 

 

それなのに、どこかさみしいのはなぜだろう。

 

 

 

今回の舞台でみたジュニアのパフォーマンスはA.B.C-Zやキスマイもやってきたパフォーマンスが多かった。そのときに、そういうジュニアの時期に熱心に応援してきたからすごく懐かしくなったのと同時に「世代交代なんだな」とも感じた。

 

自分の大好きだった塚ちゃんが、目の前にいるようで・・・いない。それがすごく寂しかった。そして、今若いジュニアのみんなとかつてのようにやりあえるのか・・・少しわからなかった自分がさみしかった。

 

なんていうのかな、パフォーマンスの質というより見栄えというか、平均年齢20歳くらいの上半身裸の群衆のダンスといわゆるアラサーのそれとはやっぱり違うじゃないか。いや、好きなんだけど。

いやーでも今回の上半身裸はみていて最高でしたね。人数もかなりいていい乳首探しに必死でした。個人的にはいいカラダはほくと、いい胸は仲ちん、いい乳首はたいがでしたね。あの子乳首ピンク??幻覚?

 

そんなことはいいか!

 

それに今回の舞台では、もうとっつーと塚ちゃんも若者に夢を託す役だった。少し前まで夢を探して、未来を求めてもがき、叫んでいたのは君たちじゃなかったの。

 

和太鼓を叩いたり天井からつるされたりフライングしたりバスケをしたり、群舞をしたり、それを、やってたのはえびちゃんだったり、キスマイだったじゃん。

 

技術の進歩にも正直嫉妬してた。えびきすがバックのころにこんな技術があったらどうだっただろう。ジュニアマンションでのダンスとか、円に入ってのパフォーマンスだとか、バスケだとか、ジュニアのみんな本当に頑張ってたし、本当にかっこよかった。本当にすごかった。一人残らず、すごいなと思った。でも、嫉妬もしてた。こういう装置がある時代に塚ちゃんがジュニアであってほしかった、こういういろいろ整ったりそろった時代にえびきすがジュニアだったら・・・見たかった。見たかった。

 

こんなすごいジュニアが揃う中でどうなるかもわからないけれどwでも、そういうのは置いといて!見たかった・・・そして、まだまだ見ていたかった。

たぶん、もう塚ちゃんは、上半身裸で東京ドームでつるされることなんてないんだろう。長いバク転も、少しずつ収束されていくのかもしれない。

 

 

 

恐らくデビュー担が通る道なんだろうけど、さみしかった。あぁ、物語の主役はもう自分たちの大好きな人ではない、物語は受け継がれたんだ・・・って。

 

もちろん、それはうれしいことで。自分たちの好きな人たちが大人になっていくのを見ることができるなんて嬉しい。うれしい、だけど、少し寂しい。

 

まだ、彼らには物語の主人公でいてほしかった。

 

 

 

 

 

 

・・・なんて、ことを思うのでした。

18歳だった塚ちゃんはいつのまにか30になった。

 

いつのまにか今年も終わります。

2016年は様々なことがありましたが、

 

なによりも「塚ちゃんが30歳になった」

 

そんな一年でもありました。

 

当日こそ自分のことであわただしく、何か特別にお祝いをしたわけではなかったのですが自分としては18歳のころから見てきた塚ちゃんがいつの間にか30歳になっていたことに驚きが隠せなくてしみじみいろんなことを考えることが多くあります。

 

先輩のバックで踊っていた塚ちゃん

五関くん、とっつー、河合ちゃんに土台を組んでもらって高く飛んでいた塚ちゃん

クロバットはピカイチなのに歌は独特な塚ちゃん

ダンスは歌詞に合わせて勝手にアレンジ入れることも多かった塚ちゃん

舞台でよくセリフ飛んじゃうけど一生懸命声を出していた塚ちゃん

洋楽の影響を受けたのかいきなり塚ラップを披露しはじめる塚ちゃん

キャラはしばらく迷走していた塚ちゃん

妹思い・・・家族思いで犬思いの塚ちゃん

私服がすっごくおしゃれな塚ちゃん

夏になるとすぐ髪を切ってしまう塚ちゃん

黒髪も金髪もよく似合っていた塚ちゃん

笑顔がとっても素敵な塚ちゃん

 

 

塚ちゃんファン同士で「このままのキャラで三十路迎えたらどうするんだろう大丈夫かな・・・」と、勝手に会議することもありました。

 

ジュニアの中で独特な性格だし主張も強いから心のどこかで「浮いちゃってるんじゃないか」と勝手に心配していた時期もありました。

 

そんな塚ちゃんが本当に30歳になって、デビューもして、コンサートもして、一人で外部の舞台に出て、キャラクターも世の中に愛されるようになって、塚ちゃんを慕ってくれて、愛してくれる人が事務所にたくさんいて、そういう塚ちゃんがいる、この世界に生きることができて本当に良かったと思う。

 

いつだったか、忘れてしまったけれどデビュー前に「世界の人に愛されたい!」って目標を掲げていた塚ちゃんは、その時よりも確実にその夢に近づいている。

 

大きな夢に向けて小さな目標をこつこつと乗り越える、そんな塚田僚一くんのファンでいることができて、本当に嬉しい。塚ちゃんは私の誇り。誰だよwって感じだけれどw

 

 

 

自分なりにではありますが、自分の見てきた18歳からの塚ちゃんの変化を書いていきたいなと思っています。

 

「塚ちゃんという存在」「性格」「キャラクター」「アクロバット」「環境」にわけて、個人的に思っていたことを書き留めます。

 

なんか重い分類分けありますけどw

 

記憶違いのものがあったり考察が行き過ぎていたらすみません。

 

あくまで、私がみてきて、私が考えてきた塚ちゃんです。

 

 

 

「塚ちゃんという存在」

 

私が塚ちゃんを好きになった理由は「笑顔とどこか脆いところ」にありました。

 

満面の笑みで踊り、アクロバットをする塚ちゃん。

メンバーの中では当時一番まとめ役というか、まじめだから・・・みたいなキャラでした(メンバーで遠足に行くなら俺が予定をまとめそう、などの発言から)

少し破天荒な面もあり、イメージはポジティブ。

 

でも、本人は違った。自分は「ネガティブ」だという。

 

笑顔のどこかで考え込んでしまう部分があるんじゃないか、と少しひっかかった部分から惹かれた。人にうまく自分というものを伝えられない、そんな自分と重ねてみていた部分もあった。どんなにつらくても笑顔でいる、塚ちゃんにあこがれていた。

 

そんな塚ちゃんは22歳ぐらいから・・・24?えびきすこんが終わってしばらくしたくらいから「自分はポジティブだ」と宣言し始めます。

「自分はポジティブだ、前向きだ、まだ頑張れるといい続けることで本当にそうなることができる」と言わんばかりの勢いで塚ちゃんはもう、どんな時でもポジティブでした。

 

自分が見ていて大きく変わったな、と思うのは後輩へのアクロバット指導でのコメント。

昔は「勢いだけではだめ、けがをしてしまうから。イメージが大切」というコメントをしていましたが、デビューしたあたりから「形をイメージしたらあとは”自分はできる”という気持ちだよ」というコメントに変化していきました。(雑誌での後輩からの質問への回答だったと思うのですが、出典が不明でごめんなさい)

 

 

あとはMCでも、話す機会が与えられていても最初は塚ちゃんも自分のキャラに迷っていました。

(毒舌キャラ、まともキャラ、天然キャラ・・・などいろいろ試行錯誤していた様子が見えた)

 

自分が話したいことがあってマイクを持っていてもしゃべりだすタイミングをつかめずそのままマイクを下ろしてしまうことが何度もあった。

 

そんな塚ちゃんが今どうなっているか・・・これはテレビやコンサートを見ていればわかりますね(笑)

 

 

塚ちゃんは大きく変わった。

きっと、「誰かとわかりあえないことを恐れてはいけない。自分を伝え、相手を知り、いつか理解し理解されるようにアタックすればいい」ことを、どこかで知ったのかもしれない。もともと素養があったのかもしれない。

周りも先輩だらけな中から後輩だらけになり、のびのびとやれるようになったのかもしれない。

 

私の好きだった「笑顔で、どこか脆い守りたい塚ちゃん」はいつの間にか「どこまでも強い、なにもかも受け止める太陽みたいな塚ちゃん」に変化していました。

 

 

変わりたい、と思ったらその方法を考え、そうなるようにゴリゴリゴリゴリゴリゴリと努力し、まさに「結果にコミットする」、そんな塚ちゃんは本当に体育会系なんだな・・・と思います。本当にスポーツマン。

 

 

性格

 

20代前半の塚ちゃんはもめごとを起こしやすい性格なのかなと思うことが多くありました。

とにかく自分がこうだと思った主張は曲げない。自分の正論は相手がなんであろうと徹底的にぶつかる。

自分の価値観から外れた物事や人を見ればそれを認められないような雰囲気。

笑顔のかわいいソフトな見た目と相反するその性格に驚くことも沢山ありました。

 

それが、もう年齢だからでしょうか、丸くなったなーと思います。

アウトデラックスに出演したことも大きいのかもしれませんが、とにかく自分の知らない新しいことに興味を持ち、それを受け入れることのできる寛容さをもっている。

 

あとは人を絶対に傷つけない言葉遣いをするようになったなって思う。

前はもう、たぶん言葉のボキャブラリーのせいなのか相手が怒るんじゃないかって言葉遣いをよくしていた気がするwwwMCとかなんでもとにかくハラハラしてたww

 

未だにとっつーやはっしーとはわちゃわちゃしているようですが、それは安心感からなのでしょうかね、とにかく塚ちゃんは人に対して丸くなった、受け入れる力が大きくなったな、と思います。そして、受け入れられることも増えた。

 

 

キャラクター

 

いやまぁもうとにかく迷いに迷ってよく辿り着きましたねwwwここにwww

 

まじめキャラ、毒舌キャラ、いろいろ迷って翼くんが見つけてくれた天然キャラというか、塚ちゃんがありのままでいることでめちゃくちゃ光ってくれました。

プレゾンで塚ちゃんをフィーチャーするコーナーを作ってくれて本当に感謝しています。

 

そして、周りのイジリも結構きついなと感じることも多くありましたが、メンバーの仲が深まることで少しずつよくなってきているのかなと思います。

 

あとはまぁ塚ちゃんはとにかく一生懸命だけど空気が読めなくてすべるし、でもふとした時の大爆発がすごい、0か100通り越して10000かマイナス10000の人間って感じがします。

それがバラエティにウケて、人々に受け入れられたことが本当に嬉しい。

 

塚ちゃんはいつか、いつか時代が来る。今は塚ちゃんに時代が追い付いていないんだと言っていた過去の自分に伝えたい。

 

「今、追い風吹いてるよ!!!!」って!!!

 

 

クロバット

クロバットに関しては、もう自分が見ているだけでも12年間は塚ちゃんはアクロバットを続けている。30になった今でもアクロバット現役。

30にもなればあまりアクロバットやらなくなるのでは?と思っていたけど塚ちゃんにそんな考えは毛頭ないらしい。

 

もうその時点でロックじゃない!?かっこよくない!?!?!?

・・・すみません盲目モードが出ました。

 

 

塚ちゃんはアクロバットを当たり前みたいにやっているけれど身体の変化に悩んだ時期もあったのではないかなと思います。

 

18から22くらいなんて体力もきっとピークで、身体も軽かったと思う。

年を重ねるにつれて体が重くなったり骨格が変わったり、それは当たり前のこと。

それなのに今もアクロバットリーダーとして、アクロバットをやりつづけている。「アクロバットといえば塚ちゃん」ってイメージは、全然揺るがない。

 

それは塚ちゃんがきちんとトレーニングをし、適切な管理をしていることで出来ていることなのだなぁと思います。

ここまでずっと、塚ちゃんは大きいけがをずっとしてこなかった・・・ジャニワで一度あったかな?あとはもう17とかでドリボ出てるときに骨折して出られなかった話ぐらいしか覚えてない。

 

 

正直な話をすると今アクロバットを見ているとすごいけれど前の方が勢いあったな、とも思うし後輩のアクロバットを見ていると昔の塚ちゃんみたいだなって思い返して少し泣きたくなる。

塚ちゃんがアクロバットをするのが当たり前になってて、すごいことをしているのに前みたいな「わっ!」って歓声があまりない時もさみしい。

 

でも、そういう変化も見守ることができている、そして変化に対して対策を打つ、アクションを起こす塚ちゃんを見ることができているのも嬉しい。

塚ちゃんはどんどん高度な技に挑戦していってる。今もしてる。

それに連続バク転の記録は毎年伸ばしている。

連続バク転のスピードは、最初にやった時よりもゆっくりのような感じがするけど、その分長く回ることができている。

 

塚ちゃんの生き方や考え方の変化みたいで、見てると楽しかったり嬉しかったりもする。

塚ちゃんがこれからも長く、アクロバットや歌や演技、ダンスも、いろんなことを、塚ちゃんのやりたいことを、やり続けることができるように、願ってます。

 

 

環境

 

塚ちゃんはもともと夢の多い人です。

あれやりたい、これやりたい、あれ楽しそう、これ楽しそう・・・がすごく多い。

 

仕事に関してもそうで、自分であれやりたい、A.B.C-Zでこれやりたい!って理想もすごく多い。

 

そして、その理想が世の中の求めるものに合いはじめたのか、塚ちゃんが求められ始めたのかわからないけれどその理想が叶うことが増えてるのかなって感じます。

 

はっしーをメンバーに迎え、デビューしたのも大きい。いろんなことが変わった。

後輩であるはっしーと一緒に活動することが塚ちゃんが丸くなるきっかけになったのかもしれない。

そして、はっしーもおおらかで塚ちゃんを受け入れてくれたり、塚ちゃんが受け入れられるように空気感を作ってくれた。ほかのメンバーもそうなんだけど・・・メンバーに関して話し出したら止まらなくなるのでこの辺でw

 

今までも塚ちゃんはやりたいことは出来る場所でゴリ押しで、それでドすべりすることも沢山あった。

でも最近はそのスベる感じも塚ちゃんにしかできないから面白い、って塚ちゃんが受け入れられる環境が出来上がっているのかな、と感じる。

 

まだまだハラハラすることも多いけれど、これらのことはデビューがなければ叶わなかったことなのかなって思ってる。

 

「デビューのためにあるべき姿を探す」のではなく、「自分たちのキャラクターを愛してもらえるように動く」方が塚ちゃんには向いているんだなと思うし、個性豊かなA.B.C-Zにも向いていたんだな、と思う。

 

 

 

やっぱりデビュー出来てよかったなって今なら自信をもって言える。最初の二年くらいは、なんだか迷ってたけど。

 

 

 

・・・と、塚ちゃんを見ていて感じたいろんな変化について語っていたらこんなに長くなってしまいました。

ここまで読んだ人はいるのでしょうか・・・。

(塚ちゃんの仕事観についても書きたかったのですが長すぎてしまうので今回は割愛します)

 

 

とにかく、塚ちゃんが30歳になったこと、しかも素敵な30歳になったこと、それを見守ることができていることを本当に嬉しく思います。

 

これから5年、10年、先がわからない状態ではあるけれど、塚ちゃんを応援し続けることができたらいいな。

 

ちなみに塚ちゃんは12年の間にここまで書いてきたような変化がありましたが自分はどうなんだと振り返ってみても全然変わることができていないwwwwwww

 

塚ちゃんが努力している間に塚ちゃんのおしりばっかり追いかけていたからwwww

 

 

みなさんもこんな人間にはなっちゃいけませんよwwwwww

 

 

自担と一緒に成長していきましょうwwwwww

 

 

 

よいお年をwwwww

2016年を振り返って 私生活編

こんにちは、えむえむです。

 

もう年の瀬、一年間を振り返ってみると「あんまり現場に行かなかった年」でした。

ただ、物欲センサーなのか、回数が減った分一回の座席はそれなりに見やすいところだった。塚ちゃんの前歯やおしりをコンサートでじっと見ていた。質量が増したり減ったりするおしりを眺めることが毎回の楽しみでした。

 

そして、自担である塚田僚一くんのバラエティで大活躍し、塚ちゃんの名前をファンではない方からも聞くことのできたヲタクとして最高の年でもありました。

 

やっぱり大好きな塚ちゃんがデビューする、有名になる、人気者になる、仕事や生活を充実させていく、ということは自分のことのように嬉しいし勇気づけられます。

 

そして、私生活のいろいろから気持ち的に落ち込んだ時に「アイドルの尊さ」をひしひしと感じた一年でもありました。

 

 

で、そんな私生活・・・というか仕事?についてですが会社に勤めて4年目にしてやっと、仲のいい後輩が2人できました。

 

仲のいい後輩というよりも、年度関係なく「あぁ、居やすいなあ」という二人です。

趣味が同じというわけではありませんが、なによりもよく似ているのが「ネクラ」である「ぼっち」であり「コミュ障」であること・・・というよりも、そういう私が付き合いやすい。

 

付き合いやすい、ことがどういうことなのかはわからないけれど付き合いやすい。波長があうのかもしれない。そして、この場所にいると「自分もきちんといるんだ」と思う。実は、それが一番大切なのかもしれない。

 

 

私はあまり、そういう場所を持っていません。

集団の中にいると強い疎外感を抱いてしまう。自分が邪魔者のように思う。自分以外の集団として、綺麗にまとまっているじゃないかと思う。

そして早く逃げたくなってしまうところがあります。

 

転勤族の親の引っ越しで何度も幼稚園を移り、その先で友達ができなかったことでそういう価値観を抱いたのだと思う。

幼稚園で新しい制服をもらえば少しもともといた子達と違うデザインで仲間外れにされる。みんなと同じでないと除外されていた。

 

呪いのようなそれは怖い。

もう20年くらい経ってしまっているのに未だに克服ができない。

 

未だにどこにいても何をしていても、感じている「ここにいてはいけない気がする」と

いう気持ちや「自分はマイノリティである」「ありのままではいさせてもらえない」という価値観。

大人になった今でも、どこで誰に受け入れられても、「とりあえず他人を排除してはいけないルールがあるから受け入れてくれているんだろうか」と心が一瞬冷えてしまう感触が消えない。

そういう感情を持ちながら人付き合いをしていることを悟られると「めんどくさい」ということになってしまう。だから隠さないといけない。

どこかで人付き合いは苦痛なものでした。

 

そして、そういう人間が純粋に楽しくいられるのがそのコミュニティでした。

ありのままでもいい。誰がありのままでもいい、その場所は部屋で鍋をしながら酔っぱらって小田和正を大声で歌うなど文字通り自由でした。

 

 

そんな場所が今年できたのですが、それが今年一番の収穫です。

そしてその場所が一度壊れかけたことがありました。

 

一度その中の一人がバイクの鍵を紛失し、一緒になって探していたのを会社の同期に見られたようです。

そして、その会のもう一人が「あの二人付き合ってるの?お前邪魔じゃん」と言われていたことを知りました。

 

どういう温度感で発せられたのかはわかりませんが私はそれに勝手に憤ってしまい、でもうまく表現できずに年を跨ごうとしています。

 

邪魔だと思われたり、除外されることの苦しさを知らない人にそれを伝えるのは難しい。

取捨選択を必要とする世の中で、誰もがどこかでそういう思いをしている。

 

でも、自分が一度仲を深くしたいと思った人との間でそういう思いをする人はいてほしくない。できることならそういう場所にいなくてもいいようにしたい。

 

この場所だけは、そんな疎外感や不安なんて感じなくてもいい場所であればいいのにと思っている。ただ、そうはいかないんだろうか。

 

未だに周りには冗談交じりに両方とも性別は異性だからといって「どちらか食うのか」ということも聞かれる。

いつも性的な発想に至ることが怖い。私も男が二人並んでいるとホモだ最高だなんだと話すからお互い様なのだろうか。

そもそも男性だと意識すると男性恐怖症の気があるからまともに関わることができない。

そのせいもあって職場で仲のいい人があまりいないからなにかと変な話が立つのだろうけれど。

 

そういう人の前では「性別の関係ない似通った人間としての友情」は成立しないのだろうか。

 

まぁ、友情というか後輩なのだけれど。

 

 

 

 

そんな一年でした。思えばここ数年、正直社会に出てマイノリティとして一時期除外されているような心地を覚えてからずっと「普通な人間としてその場に馴染む」ことばかり探し続けてきた気がする。

 

だけれども、本当に必要なことってそうじゃないのかもしれない。

 

本当に必要なのは「普通として大きく外れない」ことではなく「多種多様な価値観に順応する社会性」なのだろう。

 

自分はこういう人間です、と他人にわかってもらう力。

自分を受け入れさせてしまう力。

 

 

 

 

ここまで生きてきてやっと気が付きました(笑)

 

来年は、自分にとってどういう一年になるのでしょうか。

正直今年はいなくなりたいという思いとここにいたい、長く生きようという思いとのせめぎ合いばかりでした。

 

来年は、もう少し生きようと沢山思う・・・いや、そんなことを意識しなくても生きているような一年にしたい。

 

 

結局なにが言いたかったかよくわかりませんが、いつもこんな感じなので、これで。