ささくれになりたい

塚田くんのささくれになりたい塚田担、最近トラジャが気になる。懐古したり、妄想したりします。

ジャニヲタ 社会人の応援スタンスについて

お久しぶりです、えむえむです。

四月にデスクワークへ部署異動して以来なるべく画面を見たくなくてブログ更新を怠っておりました…。

ふと自分語りが好きな自分にとって楽しそうな記事があったので自分も答えてみます。


http://cori0922kw.hatenablog.jp/entry/2016/05/14/213035

 

元の記事はこちらっ!

 

でははじめますー!

 

▼基本情報

・20代 社会人6年目

・お給料が、やすい!

・一人暮らし、千葉県民

・泥にまみれた現場仕事から異動でOLさんになったので日々自分に欠けた品性を取り戻すよう必死

こんなものでしょうか!あ、転勤はないです。出張は増えた!


前は日生のすぐそばに勤務してたのですが結局自担に遭遇することは無かったな…一度オ●ジ狩りしそうな集団いる!と思ったらすとんずの人達だった事はあった。

 


▼担当

→つかちゃん

塚ちゃんの仕事に真面目なところやクレイジーなところが好きです。あとお尻。

学生の時から応援してるのでもう最後の自担かなーなんて勝手に思ってます。とか言って降りたら笑ってやってください。でもなんだかんだ、ジャニーズの中で一番好きだし応援してます。

あとはジュニアの川島如恵留くん!塚ちゃんのことを好きだと言ってくれていて最初は「同担」として応援していたのですが今はただ単にファンです。一度ツイッターでエイプリルフールのときに「実は川島如恵留でした!塚ちゃん大好き!」って嘘ついたことあります。そのくらい同担の認識。

もともとK.K.Kityとか初期のキスマイが好きだったのであの時のジュニア界隈はみんな好きです。山亮ちゃんとかよく頑張ってるよね…!!!

あ、最近いい尻してんなって目で追っちゃうのは閑也。

 

▼雑誌を買う基準

中学生とか高専いた時は何も考えず五誌買ってたけどもう部屋の置き場もないので最近は買ってないです。でもベスステで表紙になったり「これは残さなければ!」みたいな雑誌は買う。狭い部屋のスペース少し占領してもいいと思えば買う。

 

▼TV番組を見る基準、録画する基準

・少クラ

・Mステ

・ちゃんずー

・塚ちゃんが出てる番組

・キスブサ

 

 

 

はとりあえず録画してます。

キスブサは一般の人とも話がしやすいので勉強がてら録画。

Mステはえびが出てなかったざっとみて消すかな。

レコーダーが優秀?なので「塚田僚一」ワードにひっかかるものは全て録画してくれます。

最近容量ぱんぱんなのが悩み…あとかれこれ5年使ってるからそろそろ壊れないかが心配…。

 


▼CDを買う基準

出たら買う。以上!

でも本当それ以上でもそれ以下でもないです。

A.B.C-Z特典映像がすごくいい(メンバー独特のわちゃわちゃしたのが観れる、可愛い)ので買っちゃう。

 

▼映像作品を買う基準

A.B.C-Zのコンサートや舞台の映像作品は欲しい!って衝動のままリリースされたものを買う。

過去のものは今はもう遡らないですかね、あまりあっても一人で観ないので…。(この前のえび座もまだ観てない)

ジュニア関連もあんまりかな?A.B.C-Z追ってると自ずと如恵留くん写ってる作品多いし。でもミューコロ気になってます。のえたんが観たい…!

 

▼現場に行く基準

コンサートも舞台も基本一回、行って二回まで!って決めてます。

 


守らない時もあるけど(笑)

学生の時は関東全ステ舞台は好きな作品は5回観たって足りない!って決めつけてましたがもうそれでは給料安いので生活ができない…。

社会人になったらもっと自由に活動できると思ったけど貧乏には勝てず自然に落ち着きました。

あと、舞台もコンサートも「それを観て感動したい、救われたい」って気持ちが多分根元にあるのでその感動を守るために少ない回数なのかもしれないです。

仕事が辛いタイミングで応援屋観に行って泣いたり、コンサートが楽しすぎてやっぱ強く生きるわ!と思ったり、自分の人生と強く結びついてる感じが強い。だからこそその気持ちを大切にするために敢えて少ない回数で沢山のものを得ようとしてるのかも…というか。

事前のネタバレも見なければその日以外のレポもあんまり気にしないタイプなのもあり、「あー行きたかったー!」みたいなのも少ないです。

 


それと、自担がいないステージ行くのは申し訳ないって気持ちがずっとあったのですが最近ジュニア好きになって友達からお声がかかる事も増えたのでその辺ずぶずぶです。つかちゃんかのえたんがいるステージには行く、それ以外は遠慮しようって気持ちでいます。会いたい人が会いにいけるように、よほど余ってなければ行かないように…というか。自分も「いないのか…」ってなっちゃう気がするし。

 


▼遠征する基準

祖父母がいる北海道で日程が合えば行きます。

それ以外は行ってないですね。旅費高い…って思ってしまうタイプです…貧民…。

 


▼グッズを買う基準

ライブ会場では好きな人のうちわとペンライトは必ず買います。

他は気分ですね…自分がいい!欲しい!と思ったら買う。ジムに言ってるからTシャツとかタオルも可愛かったら買う。

この前のラブバトルツアーはグッズ頑張ったなー買って欲しいんだなーって感じがこれまで以上にビシバシ伝わったので思いのままに買いまくりました。

 


あと売り切れるものについてはもう、あれば買うしなかったら諦めますね…。

えびのファーストコンで塚ちゃんが爆裂にかっこいいファイルが売り切れた時はあまりのショックに「塚ちゃん売り切れる程人気なんて嬉しいけどそんなことメソメソメソ」って恥ずかしげもなく泣いたあの時から物欲は消しました。

 


あと!個人的に一番嬉しかったグッズはジャニワで出たつかちゃんのミニレターセットです。塚ちゃんがまさかあんなグッズになるなんて!嬉しかったなー。また出たらいいな。あと塚けしも可愛かったな。

 

▼ジャニショで写真を買う基準

一回の来店につき5~10枚以内くらいで厳選します…買わなすぎか!

部屋のジャニショ写真ファイルを一個で収めるって縛りをしてるので思い入れを込めて買ってます。

基準はピンときたものなんだけど塚ちゃんだと笑顔の写真と真剣な顔した横顔が多いかな。ステージの上でキラキラした目でいる写真も好きです。

あとはメンバーと絡んでる写真!!!!可愛い!!

たまに感覚がバカになって制限無視して買うけど人生のお供ってくらい可愛くてかっこよくて大好きな写真を選んで買ってます。

 

 

 

以上!多分記録より記憶のタイプなんですかね、あと記憶力もないので現場にその都度行ってはほくほくして帰って生活してるみたいな感じですね。

もっとお金をかけられるヲタクになりたかった…。

 


出張先に向かう新幹線から、えむえむでした。

ミラクルエッシャー展を観た

 

タイトルとは関係ないが4月に職場を異動となった。

 

作業着を着て工具を持ち様々なところを駆け巡る仕事からいきなりデスクワークになってまず辛い肩凝りに悩まされるようになった。

 

そしてプライベートでびっくりするくらいパソコンの画面と向き合いたくない。よってブログを書くことからも遠ざかっていた。

でもこれはしばらく書かないとそこにいた事実すらなくなってしまいそうで肩凝りと闘いながら書いている。

 

ミラクルエッシャー展を観てきた。

 

新しい職場の最寄り駅である池袋に広告の看板があって、黒と白と灰で構成された絵に惹きつけられてしまった。

上野駅に向かいチケット販売所で購入するときに「人体展」も目に留まりそちらにも惹かれたが人体展は公開が終わる間際だからか260分待ちになっているようですんなりと諦めることができた。

 

そもそもエッシャーって誰だ?

教養のない私の頭に彼の名前はなかった。

だが絵はどこかで見たことがある。中学の美術の教科書。

 

マウリッツ・コルネリス・エッシャーというらしい。

オランダに生まれた20世紀奇想の版画家。

 

版画というと個人的に美術の授業で全然うまくできなかった覚えしかないので版画ってどんなもんなんだろうと思ってたけれど展示された作品はそれこそ鉛筆で描いたの?ってくらい繊細だった。

自分が小学校の時宇宙をイメージして大失敗した版画の作品を思い出すのすら恥ずかしくなるくらい精密な作品だった。

 

ミラクルエッシャー展ではエッシャーの作品や彼自身のことを「8つの世界」と共に紹介している。

 

1.エッシャーと科学

2.エッシャーと聖書

3.エッシャーと風景

4.エッシャーと人物

5.エッシャーと広告

6.エッシャーと技法

7.エッシャーと反射

8.エッシャーと錯視

 

この8つの世界は彼を構成し、作品作りの根本となっている。

 

彼は、親の影響で「科学」や幾何学的表現…規則正しい記号や結晶に興味を持ち表現することをはじめ、また、「当たり前を崩す」表現をし、

信仰深いキリスト教徒であったため沢山の「聖書」に関わる作品を残し、

平地のオランダからイタリアに旅行に出かけたときあまりの美しさにありのままの「風景」を描いた作品を多く残し、そしてファシズムの勢力が強まりイタリアの地を離れると風景画を描かないようになり、

若いころは両親や自画像、妻など「人物」を描いたエッシャーが戦争の予兆と共にその人物を果物の皮のような表層的表現をはじめ、

50代まで日の目をみなかった彼は生きるために「広告」に着手し、

窓の外に人影か見えるたびに作業が進まなくなるほど神経質な彼は誰にも頼らず作品を創る「技法」を手に入れ

鏡や水面に起こる「反射」に興味を持ち、作品を多く残し、

そして晩年まで誰にも認められなかった「錯視」を葛藤しながらも、親の死や祖国へのドイツからの侵攻と向き合いながらも創り上げる

 

そんな彼を表現した展示だった。

 

つらつら書きなぐったけれど、個人的には風景に関する作品が一番好きかもしれない。

イタリア旅行であまりの景色の良さに心を躍らせながら作品を残した彼の心が伝わってくるようだった。

そしてそれは戦争によって長く続かないことも、それから彼の作風が少し変わっていったことも。それも含めてエッシャーという人間が表現されているようで。

 

あとは対照という、たまごの殻や割れたビンに囲まれて中央に鎮座する規則正しい配置で構成された結晶が描かれた作品。

 

 

オランダに生まれ、イタリアの風景に心を奪われた少し神経質で人を寄せ付けない、なぜだか愛おしい人の一生が詰まった展示だった。

 

上野の森美術館で観ることができるのでぜひ。

自分のための記録なのでだから何って言われたらなんだかわからないけど、おしまい!

 

雑記

基本的にここで話す時はテンションというかノリが20%くらい上がっている状態になってる。それはもう好きなことばかり書いてるから当たり前なんだろうけど。

で、まぁなんていうか普通のテンションの日記をメモ帳に書き残していて。その供養です。だから特に何か役立つことは書いてない。

 

 

 

意味のないようなことをするのが好きです。

 

例えば美容室の帰りに意味もなくいろんなところへ向かって歩いてみたり、気になった建物に入ってみたり。小道に入って道に迷って、その間になにかを考えたり考えなかったりして。

その時自分は何者でもない。だれかに言葉を発してるわけでもなく、何かを学んでるわけでもない。
だけどどうしてかそういう時の自分が一番自分のように思える。
最近は意味のあることばかり追い求めていた。時間を有効にとか何かをするとか、そんなことばかり。
でもきっと実はそうする必要もなくて。特にとりとめのない、誰に話すこともない、自分だけの秘密のような時間がきっと私の人生にとってはとてもとても大切なものなんだろうなとぼんやり歩きながら思っていた。

 

ふと、目に入った建物の中で展示がやっていてふらふらと引き込まれるように入っていった。
そこでは小さな家という絵本を描いた作家さんの展示をしていた。有名な方なんだろうな。沢山の絵本を世の中に遺したその後に亡くなったと大きなボードには記されていた。

 

建物の中には大きな地球や家のモニュメント、その周りをクルクルと回る子供達。小さな子は建物の中の雑貨屋さんの中にいるお母さんに向かって手を振る、それを振り返すお母さんであろう人、それをちらりちらりと見ながらレジ打ちをする店員さん。


全ての人がそれぞれの思いでそれぞれの人生をすごしている。

それをぼんやり見ている私も。
人はそれぞれの時間を生きている。

 

自分だけがその物語の主人公だと思いがちだけどそうではなく、それぞれの視界から見える世界で生きている。小さな世界が沢山、その空間にはあって一つの世界になっていた。

 

そんなことをぼんやり考えてどこに言おう、誰に伝えよう、いや一人でこの気持ちは持ちっぱなしにしていようかと考えあぐねていた。

 

ただ、一人で持っていたって忘れてしまうよなぁなんて思って、ここに書き残すことにする。

なんでもない記念日ということにしよう、今日は。なんにもないなんでもない記念日。

the captains live 〜夢と現実〜 覚え書きと考察

 

2017.12.16 古河スパイダースで行われたキャプテンのライブについてレポートというか、その日の主役ジャッキーの話したことをまとめたいと思います。

 

今回のライブのタイトルである「夢と現実」の通りギターのジャッキーが描いた夢が現実になる瞬間、新たな夢を見る瞬間となるようなライブだったのですが、

 

それだけでなく「夢の世界…作りこんだ世界を生きるキャプテンズのジャッキー」と「現実世界を生きるありのままの自分」という二つの自分を統合するためのライブだったように思います。

 

「自分らしくあるために」あったライブなんだなぁ、と。

 

 

本人もそれについてライブ中に話していて、その言葉がすごく沁みたのですがここに書いて残して置きたくて書いておきます。

 

 

その前にちょっと余談なのですが、今ってインターネットなどの普及によって本当に「別の自分」を作りやすいですよね。

 

仕事してるときの自分、趣味に走る自分、なにか討論している自分…とか。ツイッターで言えばアカウントを変えれば自分という人格や周りに集まる人ですら変えることができる。

 

だからこそ、「ありのままの自分」がわからなくなりやすいのだと思うんです。

 

 

そういう今の時代に響くライブだったというか、インターネットとそれなりに生きてきた世代であるジャッキーだからこそ出来たライブだったり話せた哲学だったというか。

 

すごく良くて、多分インターネットに沢山触れる世代の人にぜひ見てほしい、触れてほしい言葉で。いやーすごかったなって…。

 

余談が長くなりすぎたので書きますね。

 

 

 

まず、ライブの流れはキャプテンズの演奏の前にジャッキーが高校生からやっていて活動休止していた「the EMIKO」というバンドの演奏から入ります。

 

・EMIKOの演奏が終わったあとのジャッキーの言葉

(うろ覚えなので間違いがあったらすみません)

 

ジャッキー「このthe EMIKOというバンドは僕が高校生の時からやっているバンドで…まぁキャプテンズの活動が始まってから休止してたんですね。

 

もともとこの古河スパイダースでやってたのですが…まぁ人気がなくて(お客さんがあまり来なかったニュアンスのことを話していた)なのでこんなに沢山の人の前でできて嬉しいです。

 

このthe EMIKOというバンドは…自分のありのままというか。丸裸な状態だと自分では思ってて。キャプテンズにいる時はなんかこう…服を着て、装備をして、っていうイメージなんですけど。僕の中ではそうで。

 

このライブのタイトルでもある夢と現実なんですけど、…ドラクエの6で勇者が出てくるんですね。その勇者はもう…強くて、かっこよくて。そんな勇者なんですけど、物語の中盤で気付くんです。それが夢の世界の自分なんだって。

それで、沼(?)の中に落ちて現実世界の自分を見るんです。その自分は弱くてどうしようもなくて…

 

そんな現実の勇者と、その夢の勇者はひとつになるんです。

 

それでどうなったかというと……強くなるんです。「〇〇〇(呪文聞き漏らした)」って呪文を覚えて。

 

えーと…で、なんて言うんですかね。僕、今そんな気持ちです。」

 

 

 

ぴえええええ!!!!!

 

 

あああああああ〜!!!!!!!!!!!!!

 

 

…落ち着きますね。

 

 

 

 なんていうか、先にお話するとキャプテンズのみなさんって公式には素性が知れないんですね。(言い方不躾)

 

メンバー全員、本名とか昔やってたバンドとかもろもろは公開されていないんです。出身とかもぽろっと話に出なければわからない情報で。

 

それで、この昔やってたthe EMIKOってバンドも公表されてなくてジャッキー的には封印というか隠してたというか…表立って話には出してなかったんですね。

 

そんなthe EMIKOを自分のありのままと話したということは「キャプテンズのジャッキーとしての自分」と「the EMIKOとしての自分」がそれぞれ一人の人間の中に存在していたんだと思います。

 

 

それをそろそろ変えたかったのか、キャプテンズのジャッキーとして知り合ったみんなにも自分というものをさらけ出したかったのか、その本当のところは結局ジャッキーにしかわからないんだと思う。

 

 でも結果的にメンバーやお客さんの前でジャッキーは自分をさらけ出して、そうすることでライブの中での言葉選びとか行動も多分本人のありのままになっていったように感じました。

 

ライブの終盤客席に降りて観に来ていた御家族と肩を組んだり自分の好きな剣を笑顔で振り回したり…お客さんを斬ったり…

 

みんな笑顔になっていたし、本人もすがすがしそうな、楽しそうな笑顔を見せていて本当に素敵なものをみることができました。

 

 

また話は逸れるのですが、本当にこの時代に自分らしく生きるというのは難しいことなんだと思います。自分がそうだから思うのかもしれないけれど。

やっぱりある程度空気を読んだり調和を取るということが必要になることが多いと思うんですね。

 

ここからは勝手な考えなのですが「変な子」ってその調和を取ったりしなきゃいけない、自分らしくいられない部分が多く出てくると思うんですね。

人とずれてるからこそチューニング合わせるのに時間かかるというか。自分なんですけど。

 

私は話すとこう…すぐ浮いちゃうっていうか、だからあんまり話さないこともあるしなんとなくこう返しておけば変じゃないやみたいな、思うことがあったり。

大人になるにつれ会話のパターンというかこれ言えば話が続くだろう見たいなのができたりできなかったりして。なんか慣れちゃうんですね。でも結局ありのままの自分ってどこなんだろうっていう。

 

で、ジャッキーもわりとその「変な人」の部類に入ると思うんですね。勝手に思うんですけどわりと思想が過激派なところがあったり趣味嗜好が人とちょっと違う。それで人との違いや気になる言葉について考えを巡らせている…みたいな。

 

そのあたりはキャプテンズのライブ会場で買える「ジャキゴラム」って本にありますのでね、ぜひ読んでください。私4冊買ったので見たい方は貸します。

 

 

 

話戻しますが、そういう人が自分を出していなかったところで自分をさらけ出すのってすごく勇気がいることだと思うんです。私は多分これからの人生でそれを一度でも出来るだろうかわからない。

 

だから本当に自分らしく生きていこうよというか、自分らしくいたらこんなに楽しいよっていうの見せてくれたジャッキーを尊敬してるしかっこいいなって思うんです。

 

こういう人がこのネットという虚構も真実もぐちゃぐちゃになった社会には広く知られる必要があるのかもしれない。

 

今回のライブ、夢と現実ってタイトルだったけど本当に夢…虚構の自分と現実の自分を合わせることで違う未来が切り開けるよってことを教えてもらったライブだった。

明日から少しずつ自分らしく生きていけると思うような…そんな時間でした。根暗のヒーローですね、彼は。

 

 

そんなジャッキーがいるキャプテンズの公式サイトはこちら!

 

http://www.thecaptains.jp

 

 

 

ぜひライブに行ってみてね〜!

 

ライブすっごく楽しいです。

音楽もGSが好きならぜひ!

 

 

 

では最後にライブの最後の方に話してて好きだった言葉書きますね。

 

 

 

ジャッキー「やまない雨はないって言葉があるじゃないですか。僕その言葉が…あんまり好きじゃなくて(笑)

 

今日は雨で明日は雨で〜みたいな、天候と人間をイコールにするのか、と。そこは一緒にできないだろう、と。

 

すごく晴れていても雨が降っているような、そんな時が人間にはあるじゃないですか。違うじゃないですか。

 

だから…なにが言いたいんでしょうね?(笑)」

 

 

 

結局なにが言いたかったのか私も忘れてしまった…。

 

最低だ…。

 

だけれど今よりもっと大きな会場…赤坂BLITZでライブがやりたいって話に繋がった気がするんだけどどうでしょう。

 

ジャッキーってなんだかんだ有言実行する人だから楽しみにしています。

いつか武道館とか双眼鏡なきゃ見れないような距離でキャプテンズを見ることが夢です。すごく寂しいんだろうけど…でもそんな日が来たらいいな。応援しています。

 

 

 

 

 

以上!!!!!

ザ・キャプテンズ  7/22 ワンマンライブアフターイベントレポ

まず、キャプテンズって?

キャプテンズというバンドは「ザ・キャプテンズは、2001年に仙台で結成されたグループ・サウンズのバンド。自称「最後のグループサウンズ」。」だそうです。(wikiより)

 

まぁまぁとにかくこの動画を観て!

 

youtu.be

 

こんなかんじのバンドです!!ざっくり!

 

 

 

で、そんなバンド「ザ・キャプテンズ」のワンマンライブに行ってきました。

 

ワンマンライブについては別で書かせていただくとして、その後のトークショーイベントがもう面白かったのでまとめます。

 

 

トークショーもメンバーがどんな人かわかってないと楽しくないだろうからざっくり紹介するね!個人的な感想も沢山詰まってるからあくまで参考程度にね!!

 

メンバー紹介

 

まず、キャプテンズは歴史のながいバンドで、ボーカル傷彦様とベースのテッドさんが10年以上バンドを続けるオリジナルメンバー、2012年にギターのジャッキーが加入、2017年3月にドラムのシミズトールくんが加入しています。

 

2人の素敵なおじさまと2人の素敵な若者で構成されているバンドなのでたまにジェネレーションギャップが発生するのが面白い。

 

Vo.傷彦(傷彦様・薔薇王子)

 

「傷彦」の画像検索結果

 

 

「薔薇から生まれた薔薇王子、傷彦だよー!!!!!」

と、16年言い続ける薔薇王子。もう王子を超越している。薔薇神様。

なんかもう面白い方向にぶっとんでいて、及川○博と似た何かを感じる。

最近ほかのメンバーがものすごい勢いでぶっ飛んでいるのでたまにツッコミ役に回ることも。だからかベースのテッドさんにやたらと無茶ぶりをする時うれしそう。

かなりのロマンチスト。宝塚が好き。見た感じの通りベルばらも好き。

 

 

Ba.テッド(テッドさん・あれやなぎテツ子さん)

 

「キャプテンズ テッド」の画像検索結果

 

あの熊のテッドではない。

 

キャッチコピーは「やさしさそのもの」なんだけど、本当に優しさそのもの。

キャプテンズで唯一まともな突っ込みを入れてくれる。

テッドさんがいないと収拾が付かないことが沢山ある。

たまに「パパ…」と呟きたくなるくらい優しいいいお父さん、いやむしろお母さんなのかもしれない。ママ…

すごいよく飲む。あと料理がすごく上手!!!!

 

 

Gu.ジャッキー

「キャプテンズ ジャッキー」の画像検索結果

 

見た目に騙されてはいけない。

 

キャッチコピーは「甘いマスクでハートをジャック」…でもただのかっこいい人だとあなどってはいけない。頭の中がカオスそのもの。

ツイッターで唐突に「人間努力すれば夢はかなうことを証明したい」と「口笛の練習をする動画を毎日アップし続け」たり、唐突に筋トレに目覚めプロテインの歌をライブ中に歌いだしたりする。

 

優しい雰囲気を醸し出しているが毒舌でもありたまに爆弾発言をライブ会場で投下する。この時を狂犬モードと呼んでいる。歩くニトロ箱。でもね優しいんだよ~~~~~そうです私がいろんなとこでよくお話する大好きなギターの人です。

 

Dr.シミズトール(トルル)

「しみずとーる」の画像検索結果

 

本人がドルヲタでジャニヲタ。

川野直輝くんを見てドラムをはじめたという生粋のジャニヲタ。ハロプロも大好きでベリキューの1stリリイベにも参加していたらしい。たしかなっきー推し

ツイッターとライブでの演奏とライブでのMC、それぞれイメージがちがいすぎて最高に面白い。

 

例えると

ツイッター:「シミズトールです。よろしくね!」

演奏:「だああっしゃああうおおおおららrfsんhじぇrslげr!!!!!最高だぜえええええ!!!!!!!!!!!!!!」

MC:「・・・・・・・・ええっと、しみずとおるです

 

アイドルのMC好きな人は多分トルルはまる。私もはまりました大好きです。

シミズトールが口を開くと空気が一気にトルル色。逸材。

あとジャニーズジュニアの岩橋玄樹くんに雰囲気が似てる。

 

こんな感じ!!長いね!!!!1

 

 

ちなみにワンマンライブ本編は18:00~20:00くらい、イベントは22:00~だったので時間の潰し方に悩みつつライブ終了後はイベントの開催を待ちました。

イベント中もメンバーの皆さんがこちらも終電をほんのり気にしつつ、ほっこりしたイベントが開催されていました。

 

 

ジャッキー(狂犬モード)「みんな田舎者だと思うから!!!!」

テッド「やめなさい!!」

 

※ジャッキーは茨城県古河市の出身で都会の人間とは言えない

 

 

 

でははじめ!!!うろ覚えです!

 

 

・イベント開始早々傷彦さんが「みんなありがとう!!こんなに立ち見が出るなんて!」と叫ぶも全員立ち見

テッドさんは「あれ柳テツ子」というキャラになりトークの司会をするため一時退室

 

傷「じゃあイベントをはじめます・・・トール長めのちゃんとした挨拶をしようか」

(ライブ本編でのイベントコーナーであんまり話せなかったトールに話をふる)

 

トルル「あーーーーー…(長いため)ありがとうございます」

 

傷「声が小さいよw」

 

トルル(以下 ト)「あーっと…暑いですねー!…そうですねーっ」

 

(その後いいとものようなコールアンドレスポンスが続く)

 

ト「えっと、キャプテンズのメルマガ読んでる人~」(観客全員挙手)

 

傷「お!ありがとう!僕も読んでる!(挙手)」

 

ト「僕も~(挙手した後にジャッキーを見る)」

 

ジャッキー(以下 ジ)「・・・・(笑顔を浮かべるも手はあげようとしない)」

 

トルルが数秒見ているとジャッキーはようやく手を挙げるw

 

 

 

 

 

レポここまで書いてたんだけどもうこの先覚えていないのでお焚き上げ

 

 

祖母が天国にいった日

 

私はスポッチャにいた。

出来もしないバレー、サッカーを同居人としていた。セグウェイに乗ってSMAPも乗ってたっけなぁなんて考えていた。

 

帰り、レジに行く前にふとスマホを見たら母からLINEが届いていてそこに「おばあちゃんが旅立ちました」と書いてあった。

 

孫バカなのはわかってるんだけど私のおばあちゃん、絶対天国にいるよ。本当だよ。でもそもそも天国ってなんだろうね。おばあちゃんに教えてほしい。やっぱり天国って人間が考えたものなのかな。それとも極楽?みたいな…そんな場所があるのかな。まぁ、いいか。

 

 

 

 

最後におばあちゃんに会ったのはここにも書いたように2日前くらいのこと。結局ブログに散々書き散らした「明日が来なければいい」という不毛な願いは叶わなかったみたいです。

 

明日も明後日も今日になっていって、いつのまにかおばあちゃんがこの世界こどこを探してもいないような…そんな世界になっちゃった。

 

最初、全然わからなくて。おとといには最後かもと思っていたけれどまさか本当に最後になっちゃうなんて。

おなじみの「今夜は峠です」も「最後のお別れを…」もなかった。すごくさらっとしてた。

けど、おばあちゃんは私が行った時にはもう息をするのにも精一杯みたいな状況だったから。あぁ、でも。うーん。そうかー…って感じ。

 

人が命をなくすのに立ち会ったことがない自分は創作物や想像でしか生きるとか死ぬを知らなくて、もちろん心が強いわけではないから死にたい消えたいなんてことを考える時期が思春期にはあったんだけど、本当に「死にたい」と思った先の、向こう側をみた心地だった。

生きると死ぬの間ってこういう事なんだぞっていうか。簡単に死ぬなんてことを口にすることがどれ程のことかっていうか…。

 

生きるって、綺麗じゃなくて。息をしたり排泄をしたり、何か表現しようとしたり。その全てが綺麗なもので構成されてるわけはもちろんないじゃないですか。

死ぬと生きるの間にいると尚更そうで、例えば肌の細胞の感じとか毛穴の感じとか産毛だとか。口の端が切れていたり身体中に痣があったり、管が通っていたり苦しんでたり。笑うことすらままならなくなったり。

それでも生きるって、こういうことなんだと思った。おばあちゃんは一生懸命に生きていて、私ももっと生きないとと思った。泥臭くても綺麗じゃなくても、ただ命を全うすることに意味があるんだって。

 

今回、おばあちゃんが病気になって。大きな病院にお見舞いに行ったり一緒に話を聞いたり、話を聞いたりそばにいたりして。その大きな病院で同世代の難病と闘う子と友達になったりして。命について考える事が増えた。私の中で大きな出来事だった。

 

 

 

なんだかまとまらなくなっちゃったけど、最後におばあちゃんに会った後飛行機の中でこの気持ちは残さないとと思って走り書きした、終わりのないメモを置いていきます。

 

 

 

 

 

 

ベッドでおばあちゃんは強く私と母の手を握ってた。
最後私が帰らなきゃいけないと母が伝えると強く手を握ってくれて、私も思わず泣いてしまった。離れたくなかった。多分もう会えないってお互いわかってしまっていたから。もうおばあちゃんは言葉が話せない。でも、私の気持ちも伝わっただろう。おばあちゃんの気持ちも伝わってきた。一度手を離そうとしたら何度も追いかけるようにして繋ぎなおそうとして。思わず掴んだ。掴んで、思わず泣いていた。
大好きだとまた会おうと告げた。離れてても心は繋がってるよねって。それでもまた手は追いかけて来た。私も離れたくなかった。本当は離れたくなかった。それでも離れないといけない、母が告げた。この子もお仕事を頑張ってるんだよ。だから行かないといけないんだよ。って。そうしたら一度離れて、それでも手は動いていて、

 

おばあちゃんがガンになった

 

今年の5月くらいに祖母がガンであることがわかった。

胆管にガンができてるということを実家の冷蔵庫に貼られた診断書?のコピーを見て知った。

 

すぐに北海道に住むおばあちゃんのところへ行ったらちょうど緊急で入院したところから退院したタイミングで、帰りにトマトとかを買っておじいちゃんも含め3人で食べた。

お赤飯とかお味噌汁を調子のいい時におばあちゃんが作ってくれて、これからこういう日が増えてくんだろうなと思ってた。

病院に通院しながら抗がん剤の影響で食事を吐いてしまったらそういう日も出てきた。それでもいつかは治る、大丈夫になると思ってた。職場にもがんにかかった人はいて、それでもちゃんと復帰している。

去年秋に食べたミスド、おばあちゃんがすごく気に入ってたからまた食べに行けるんだろうなって思ってた。

 

北海道から帰って空港まで迎えに来た母に、夕飯を食べながら祖母が末期がんであることを伝えられた。

 

 

あれから夏、秋と数ヶ月ごとに会いに行って、おばあちゃんはやせ細っていった。でも、歩いてなにかをしたりすることもあった。母や叔父は遠くに住んでいてなかなかそばにいてあげれないことや祖母が家事をほぼしていたこともあり心配していたけれど、それでも祖父や祖母は頑張って生活をしていた。

 

帰る頃に「冬は寒いし風邪ひかれたらおばあちゃんたまらんから来んでいいからね」と言われていた。私もまた来年会う約束をした。雪が溶けたら会いに行くからそれまで元気でいようね、と。

 

手紙を沢山書いた。返信もあった。おばあちゃんはもともと手紙を書くのが好きで何かあるたびに書いてくれていたから。だけどそれも夏の終わりくらいまでで、寒くなると共に少なくなっていった。

毎年欠かさずお祝いしてくれた誕生日も音沙汰はなくて、きっと余裕がないのかなと思っていた。

 

そして数日前叔父からおばあちゃんの調子があまりよくないことを知らされた。

いつも夢の中にいるみたいで言うことも朦朧としている、と。それで母が会いに行くのに便乗して私も北海道へ向かった。多分、怒られるのかなと思ったけれど。

 

 

三ヶ月ぶりくらいに会ったおばあちゃんはひどく弱っていた。

 

ひと月ほどなにも食べれなくてやせ細って、歩く体力もなくなり、話すこともままならなくなってた。足も骨と皮だけになっていて膝のところが腫れてるのかと思ったら骨だった。

 

言葉を話すのも大変で、生きるのに最低限必要なこともやっとと言うのが、こうやって自分の感情を言葉にするのが好きな私には強く響いて。もちろんおばあちゃんもそういう性質の人だから、本当に、…なんていうか。傷ついたわけではないのだけれどなんていうか、人にはいつかこんな日が来ると改めて思っていた。

 

元気だった頃のおばあちゃんや数ヶ月前のおばあちゃんを思い出すと痛ましくて…なんて言うんだろう。胸が締め付けられて、それでも懸命に生きていてくれて嬉しかった。また会えて本当によかった。もう会えないんじゃないかと、最後会った日には思っていたから。

 

でも、本当に今回が最後なんだろうと思う。

だからこそ明日になってほしくなくてこんなブログを書いてる。

 

明日になったら私は帰らないといけない。

明後日には仕事があるし、今後楽しみな予定もある。

 

でも明日になったら多分もう、きっと、おばあちゃんには会えない。

去年、今頃まだなんにもなかった頃のおばあちゃんを思い出す。一緒にラベンダー畑に行って、買い物をして、青い池を見て、帰りにミスドを食べて。こんなに美味しいものがあるんだねっておばあちゃんは感動していて。また来年来るから食べようねって約束してて。

 

孫だからって私に優しくしてくれたおばあちゃん、小さい頃からずっと、毎年遊びに来る私を大切にしてくれた。その陰でひいじいちゃんの介護をずっとしてて、苦しんでいたのを私はずっと後から聞いて。その時に遊びに来てた私に救われてたって言ってくれてた。

私はおばあちゃんが大好きだしおばあちゃんも私のことが好きだと思う。確信がある。

だからね、きっとおばあちゃんがこの世界で形をなくしても私の側にいてずっと守ってくれるんだとは思ってるんだよ。ガンって話を聞いて万一のことを考えるようになってからずっと。

 

でも、やっぱり悲しくて明日なんて来なければいいと思ってる。

 

それでも来るのが明日なんだよね。