ささくれになりたい

塚田くんのささくれになりたい塚田担、最近トラジャが気になる。懐古したり、妄想したりします。

2016年を振り返って 私生活編

こんにちは、えむえむです。

 

もう年の瀬、一年間を振り返ってみると「あんまり現場に行かなかった年」でした。

ただ、物欲センサーなのか、回数が減った分一回の座席はそれなりに見やすいところだった。塚ちゃんの前歯やおしりをコンサートでじっと見ていた。質量が増したり減ったりするおしりを眺めることが毎回の楽しみでした。

 

そして、自担である塚田僚一くんのバラエティで大活躍し、塚ちゃんの名前をファンではない方からも聞くことのできたヲタクとして最高の年でもありました。

 

やっぱり大好きな塚ちゃんがデビューする、有名になる、人気者になる、仕事や生活を充実させていく、ということは自分のことのように嬉しいし勇気づけられます。

 

そして、私生活のいろいろから気持ち的に落ち込んだ時に「アイドルの尊さ」をひしひしと感じた一年でもありました。

 

 

で、そんな私生活・・・というか仕事?についてですが会社に勤めて4年目にしてやっと、仲のいい後輩が2人できました。

 

仲のいい後輩というよりも、年度関係なく「あぁ、居やすいなあ」という二人です。

趣味が同じというわけではありませんが、なによりもよく似ているのが「ネクラ」である「ぼっち」であり「コミュ障」であること・・・というよりも、そういう私が付き合いやすい。

 

付き合いやすい、ことがどういうことなのかはわからないけれど付き合いやすい。波長があうのかもしれない。そして、この場所にいると「自分もきちんといるんだ」と思う。実は、それが一番大切なのかもしれない。

 

 

私はあまり、そういう場所を持っていません。

集団の中にいると強い疎外感を抱いてしまう。自分が邪魔者のように思う。自分以外の集団として、綺麗にまとまっているじゃないかと思う。

そして早く逃げたくなってしまうところがあります。

 

転勤族の親の引っ越しで何度も幼稚園を移り、その先で友達ができなかったことでそういう価値観を抱いたのだと思う。

幼稚園で新しい制服をもらえば少しもともといた子達と違うデザインで仲間外れにされる。みんなと同じでないと除外されていた。

 

呪いのようなそれは怖い。

もう20年くらい経ってしまっているのに未だに克服ができない。

 

未だにどこにいても何をしていても、感じている「ここにいてはいけない気がする」と

いう気持ちや「自分はマイノリティである」「ありのままではいさせてもらえない」という価値観。

大人になった今でも、どこで誰に受け入れられても、「とりあえず他人を排除してはいけないルールがあるから受け入れてくれているんだろうか」と心が一瞬冷えてしまう感触が消えない。

そういう感情を持ちながら人付き合いをしていることを悟られると「めんどくさい」ということになってしまう。だから隠さないといけない。

どこかで人付き合いは苦痛なものでした。

 

そして、そういう人間が純粋に楽しくいられるのがそのコミュニティでした。

ありのままでもいい。誰がありのままでもいい、その場所は部屋で鍋をしながら酔っぱらって小田和正を大声で歌うなど文字通り自由でした。

 

 

そんな場所が今年できたのですが、それが今年一番の収穫です。

そしてその場所が一度壊れかけたことがありました。

 

一度その中の一人がバイクの鍵を紛失し、一緒になって探していたのを会社の同期に見られたようです。

そして、その会のもう一人が「あの二人付き合ってるの?お前邪魔じゃん」と言われていたことを知りました。

 

どういう温度感で発せられたのかはわかりませんが私はそれに勝手に憤ってしまい、でもうまく表現できずに年を跨ごうとしています。

 

邪魔だと思われたり、除外されることの苦しさを知らない人にそれを伝えるのは難しい。

取捨選択を必要とする世の中で、誰もがどこかでそういう思いをしている。

 

でも、自分が一度仲を深くしたいと思った人との間でそういう思いをする人はいてほしくない。できることならそういう場所にいなくてもいいようにしたい。

 

この場所だけは、そんな疎外感や不安なんて感じなくてもいい場所であればいいのにと思っている。ただ、そうはいかないんだろうか。

 

未だに周りには冗談交じりに両方とも性別は異性だからといって「どちらか食うのか」ということも聞かれる。

いつも性的な発想に至ることが怖い。私も男が二人並んでいるとホモだ最高だなんだと話すからお互い様なのだろうか。

そもそも男性だと意識すると男性恐怖症の気があるからまともに関わることができない。

そのせいもあって職場で仲のいい人があまりいないからなにかと変な話が立つのだろうけれど。

 

そういう人の前では「性別の関係ない似通った人間としての友情」は成立しないのだろうか。

 

まぁ、友情というか後輩なのだけれど。

 

 

 

 

そんな一年でした。思えばここ数年、正直社会に出てマイノリティとして一時期除外されているような心地を覚えてからずっと「普通な人間としてその場に馴染む」ことばかり探し続けてきた気がする。

 

だけれども、本当に必要なことってそうじゃないのかもしれない。

 

本当に必要なのは「普通として大きく外れない」ことではなく「多種多様な価値観に順応する社会性」なのだろう。

 

自分はこういう人間です、と他人にわかってもらう力。

自分を受け入れさせてしまう力。

 

 

 

 

ここまで生きてきてやっと気が付きました(笑)

 

来年は、自分にとってどういう一年になるのでしょうか。

正直今年はいなくなりたいという思いとここにいたい、長く生きようという思いとのせめぎ合いばかりでした。

 

来年は、もう少し生きようと沢山思う・・・いや、そんなことを意識しなくても生きているような一年にしたい。

 

 

結局なにが言いたかったかよくわかりませんが、いつもこんな感じなので、これで。

 

技術系の職場が濁っている…と言って数ヶ月、今度は自分が濁っている

八月に、こんなブログを書いていました。

 

syokusama.hateblo.jp



ちょうど技術系の職に進んだ同級生の女性(大卒なので今年二年目にあたる)が、職場内のことから心の病を抱え、休職をしたこともあり書いたように思います。

 

そして八月はたまたま上司も変わった時でした。そこで周りの人間の上司へのアピール…自分の都合の悪い人間を下げるような動きも見られ、抵抗を感じていた時期でもありました。

 

新しく作られる職場の雰囲気が、三四ヶ月たった今、どうなったのか。

 

 

 

集団で言えば少しマシに、個人的には地獄と化しています✧*。٩(ˊᗜˋ*)و✧*。

 

 

 



結果的に言ってしまえば、今自分がその他人を批判する傾向にある人の愚痴の捌け口になっていました。言い返さない自分には言いやすいのか、職場で事務処理をしていると様々なことを言われていました。

他の人と話していても、「お前は○○ができない、あれもできない、これもできていない・・・本当に困るな」ニュアンスのことを、耳に入るように言われることが多くありました。

もともとその人も愚痴っぽい人であることも理解している。同僚だから、それなりの信頼関係があると踏んで冗談として言われているのかもしれない。だけれども、自分はそれをついに受け入れることができなくなってしまった。


職場の座席の関係から愚痴っぽい人の声が聞こえるようになり、もともと持っていた被害妄想や被責の概念が強まってしまった。歩いていても、他人と目が合うだけで自分が疎ましがられているのでは、と消耗してしまった時期は思っていました。


一人で現場を回っているときに、ひと仕事終えて会社に戻ろうと車のカギを開けようとしたら唐突によくわからない強迫観念に襲われ、うずくまってしまった。涙がなぜか出る。なぜなのかが、わからないのに。


落ち着いて考えれば自分のせいではないと、普段は流せるような他人の一言にも過敏に反応するようになってしまった。


その時に自分がtwitterでつぶやいていた言葉が、このようなものでした。



「最近どうしてしまったんだろうと思う、自分が。仕事をしていることを最近よく自傷行為みたいだと思う。身体が疲れる、精神が摩耗していく、集中力が欠けていく、自分がよくわからなくなる」

 

 

 

今でこそひっどいな誰だよwwwwと思いますが当時は電車の中で泣きながら書いていた覚えがあります。本当に取りつかれていたのかと思うくらいの思想が頭をいっぱいにしていました。



自分の何かが、なにかよくわからないものに簡単に支配され、心臓の真ん中が冷たくなるような心地に襲われる。力が抜け、うずくまりたくなってしまう。


怖くなった、こんなの自分じゃない。


絶対に、良くない傾向にあると思う。だけど、ただの被害妄想から来るものだ、早く治めないといけない。


どうして、こうなってしまったんだろう。

 

まず、私がそもそも「ゆとり世代」代表のような性格をしていることが変わっていく職場の風潮に適応できなかったことにあると考えています。


 

 

 

 

 

私個人の性格として、キチガイでアイドルの乳首を愛する人間であること以外では、

 

・とりあえず仕事はサボらないようにはしている
・他人の言葉に落ち込みやすい(周りで誰かが愚痴を話している…などにめっぽう弱い)
・他人が怒られていると自分のせいなのだと感じる節がある(自分がカバーしなかったから、様子を聞く電話をしなかったから…など)
・多分被害妄想が強い(被責思考というのでしょうか)
・…と見せかけて内心逆ギレというか人のせいにして開き直ることもある
・人の独り言に反応してしまう


 

…というものがあります。

 

 

 

社会に生きる人間として結構難のある性格だと文章にまとめていて思うのですが、これまで働いている中では後輩のミスも自分のものとして捉える優しい先輩だという見方をしてもらっているようでした。先輩からどう見られているのはわかりませんが腐女子なのではと疑われているようでした。まぁその通りなのですが隠しています。念のため。

話は脱線しましたが、そして内心開き直っているという底意地の悪さからまぁなんとか心も壊さずにやってこれたのではないかと思います。


私のいる職場は人の割には業務が少なく、ゆとりのあった職場でした。

それが人員体制の見直しから少し忙しくなっていきます。そして、できる社員の方が薄給を理由に(?)どんどんと辞めていくこと、異動していくことで業務の「掃き」も悪くなってしまったように思います。

そして現場から帰ってくれば毎日のようにどこかで「仕事が掃けない」という愚痴のようなもの、独り言みたいなものが聞こえてきていました。「今日のメンバーは実力的に微妙」だったり「あいつなんでこんな内容の業務に時間をかけているんだ」だったり・・・そういう愚痴は、働いていればままあるようなものなのでしょう。


ただ、それが聞こえてくるたびに自分のせいだ、と思ってしまう自分がいました。

自分の業務の進みが遅いから、周りの人を早くサポートしていないから、自分の実力がないから・・・。


じゃあ仕事を掃けるようにするために、と自分が行った対策というものは昼休みにも業務を割り振ってもらって働く、というものでした。業務に回る自分の車で、ご飯を食べていました。

普段人と業務に回っている時は休憩はきちんととってもらおう、という意識の下で仕事をすることができるのですが自分ひとりだと休まずに仕事をしてしまう人は他にもいるのではないでしょうか。

ただ、自分の生産性を上げるためにも休むことも仕事のうち、と休むべきだったのではないかと今では思います。車も運転して業務を行うので、事故を起こすわけにもいきません。


少しずつ身体が疲れていくのも感じていきました。でも、「できない自分の罪滅ぼし」はこんな形でしかできない、そうでなければ自分は職場にいる価値がない、批判をされてしまう、と感じてしまう気持ちを、こういう形でしか安心させることができませんでした。


そして、秋口に行われた席替えというものも自分としては大きい原因なのではないか、と感じています。

 



座席が変わって近くの人の話す主な話題は「あいつは○○がだめだ」「こいつは○○がだめだ」「あの子はきちんとできてるね、でもあいつはだめだ」・・・といった言葉たち。もともと独り言の多い人が沢山周りにいたのにそれにひとつひとつ反応してしまう自分もいました。



私は、もともと人の悪口を聞くと落ち込んでしまう性格です。だから、常日頃から批判や愚痴を聞く環境にいるようになったことが堪えた。


まぁ、あれですね、職場で普段そういう、声に出して人を叩くタイプ人に囲まれて他人の悪口を聞いて心が摩耗していた所だったのに自分もバッシングの対象になってしまってだめになってしまいそうです。




といったことが、この数か月でありました。

他人の心が壊れてしまうのではないかと心配していた生活から一変、壊れそうなものばかり集めてしまうガラスの十代のような生活に・・・。



完全に自分が濁っている。自分ではない自分に、自分がなっているような気がして、不安になる。

 

 

ただ、たまたま読んでいた「夜と霧」という本にこのようなことが書かれていました。

 

夜と霧、この本はアウシュビッツ強制収容所で生活した心理学者が収容所内での内面の変化、被収容者の心理の動きなどを分析した本です。

 

ちなみに、この著者の方の語り口が、非常にとっつーに似ています。「少年たち」が好きな人にはぜひ!!!!!ぜひ見てほしい!!!!!!!

(桶ダンス、可愛かったなぁ・・・滑ってもめげない塚ちゃん大好きだったなぁ)

 

話それましたね(笑)

 

 

「映画の中の英雄はそのようなピンチ、機会に恵まれたことで誇らしい行動をすることができる。かのアンネフランクも、”自分はこのような状況を誇らしく思う。このようににならなかったら甘やかされた世界で過ごしていた。自分の内面についてこんなに考えることはなかった”と話していた」

 

(というニュアンスの内容です)

 

それを見て、思ったんです。自分もここでめげずに、自分なりに正しい選択をすることで、成長できるのではないか、と。

自分の中で誇らしい人間になれるのでは、と。心の中に英雄を住まわせることができるのではないか、と。

 

あぁ、まだ負けちゃだめだ、と思いました。

なにをすればいいかもわからないけれど、とりあえず生きよう、と。

8歳のアンネフランクも、そうやって考えていたんだから。と。

 

とりあえず、「ねぇこういう解釈しだすようになるうちの職場ってwwww」と笑い飛ばせるようになったから大丈夫になるかもしれません。

一人でカラオケに行って思いっきりえびちゃんの歌歌ってたら笑顔になれたからまだ大丈夫かもしれません。

 

結局このブログでなにを言いたいか・・・というと。

 

A.B.C-ZもうすぐライブDVD出るからよろしくね!!!!!!!!!!

 

 

 

 

以上!

 

(あと、もしこれを見ている方で休みもなくお仕事をされている方がおりましたら少しでも、トイレに行くふりでもお休みをとることができるよう、願っています。仕事中に少しお休みすることは、とてもとても大切です。週休2日は、もらえている自分ですら、こんな状態になってしまいました。だからきっと、業務中に少しガス抜きをすることが、大切なんだと思います)

 

(私の周りにも、職場の人とのうまがあわずにうつ病のような症状を発症してしまった子や、激務からノイローゼのような状態になってしまい、せっかく症状が落ち着き復職をしてもちょっとした注意をきっかけにまた症状が出てしまう、という子もいます。)

(人の心はせとものみたいなのかもしれません。一度壊れてしまうと、治してもひび割れやすくなってしまう。トラウマ、のような傷が残る)

(だからこそ、割れてしまう前に、壊れてしまう前に、守ってあげてほしいです。)

(インターネットの向こう側から、強く、強く願っています。)

 

 

アイドルの乳首大好き、えむえむでした。

今回のアイランドの舞台では上裸のシーンがあるということでかなり気になっています。でもチケットない。どうしようね。

 

これから1年間のジャニーズ動向を予想する

 

どうもこんにちは、えむえむです。

 

今月17日に、24歳になりました。

 

小学生からインターネットをはじめて好きなアニメやアイドル、ジャニーズに関するホームページやら開設していて、その頃から実年齢が18歳になるまでは18歳と、そこから22歳になるまでまでは22歳と、言い続けていた自分がまさかインターネットで公表しても申し分ない年齢になるとは…。

(時効だから言うけどwあまりに年が幼いことを公表するとそれだけでなにか言われたり、大人と対等に接することができないような風潮があった気がします。今は年齢は大人だけど頭は赤ちゃんです。)

 

 

24歳になったかと思えばタンスに小指をぶつけるだ弟に「俺の大学にはこんないきなり奇声を上げたり大声で笑う女子はいません」と言われ大人の品格というか、人間としての質について考えるようになっています。

 

 

 

まぁそんなことは良い!!

 

自分が誕生日を迎える前に担当である塚田僚一こと塚ちゃんの出てるテレビを見ていたら、この一年で塚ちゃんもA.B.C-Zも大活躍したと思うんですよね。

あと、今の自分と同い年である24歳の時の塚ちゃんは2010年のプレゾンに出ていて(ソングアンドダンシン?あれ?島流しにあうやつ?)確かこのころ短髪にしたりして、惑星コンもこの頃だったかな。記憶が曖昧だけれど。

もちろんまだデビューしていなくてA.B.C-Zとしても全員が悩んだり迷ったりしていた時期だったと思います。

 

6年間で、そしてデビューしてからは一年の間に沢山の変化がありましたね。ジュニア界も変動が激しい。

 

 

 

 

と!言うわけで!勝手に予想します!!!!

 

 

2016年末〜2017年ジャニーズ動向予想〜〜〜!!!!!どんどんぱふぱふ!!!

 

 

 

(A.B.C-ZとジャニーズJrが中心になると思います。塚ちゃんとのえたんが好きなせいです、お許し下さい)

 

 

(独断と偏見での予想です、不快な発言等ございましたら申し訳ありません)

 

 

 

 

【ジャニーズ全体とジュニア】

・チケット電子化が進むが現地で観客やスタッフに浸透しておらず紙チケットにナチュラルに戻る

・国際フォーラムでジュニアコンが開催される。「クリエの方が良かった派」と「チケとれるからいいや派」でネットの掲示板少し荒れる

・ジュニアに今年エース格のジュニアが入ってくる。入所三ヶ月で新規ユニットが(7人、平均年齢19歳)できるが掛け持ちメンバーがいるため該当ファンは「LOVE-tuneと同じ展開じゃん!」と頭を悩ませる。(らぶとぅんのスペル違ったらごめんなさい)

・とらじゃの誰か二人が外部の舞台に出る(願望)

・川島如恵留ブロードウエイに立つ(願望)

・川島如恵留海外進出によりとらじゃがフューチャーさ少クラで沢山歌コーナーもらうもMCでよくすべり後後になって「あの時は収録後毎回反省会してて…」と語られるようになる

・ごくせんみたいなドラマにらぶとぅんが出演。夏に女子達を沸かせる

・美勇人のヤンキー役かわんこな後輩役みたいよね…

 

 

A.B.C-Z編】

・五関くんのロミジュリの舞台での妖艶さが目に留まり2年以内に外部の舞台で主演を務める

ダンス雑誌の「このダンサーが気になる」ランキング五関くんが7位

・えびちゃんずーが大リニューアルか終了、その枠に関西ジャニーズジュニア

・塚ちゃん外部舞台で黒髪に。「金髪筋肉塚ちゃんです」に代わるネタを考える企画で番組に3本くらい出る。最終的には「心は金髪なので!」と言って頑なに新ギャグを受け入れずマツコさん辺りに説教される。

・六本木exシアターではっしーソロコン開催「六本木」という場所にテンションが上がっている公演が2/3の割合である

 

A.B.C-Z次のシングルはテーマが「変身」メンバーではっしー以外が女装をしてはっしーを誘惑するPVが話題に

・コンサートは夏と冬にある。テーマは夏は「A.B.C-Z wonderland」(提案はっしー)、冬は「A.B.C-Zと楽しい楽しいクリスマスパーティー!〜5人のサンタがやってくる〜」(提案河合ちゃん)

微妙に昭和くさい河合ちゃん案のテーマに賛否両論だが結局楽しそうな河合ちゃんが可愛いからいいやとなるA.B.C-Zのファン達と、「昭和w」と揶揄するネット民とで小さないざこざが起こる

 ・次のペンラは「五つの星が回る系」で「ディズニーのやつじゃんw」と話題になる

 

 

 

 

…と、いろいろ予想してみました。

 

A.B.C-Zやジャニーズが一年間私達ジャニヲタを時に狂わせ喜ばせてくれますように。

 

 

 

 

 

ちなみに星が回るディズニーのあれ、これです。

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YUKIの1stアルバム「PRISMIC」が好きだ

 

子供の頃に聴いていた歌というものはずっと心のどこかに残り続けるのかもしれない。

私にとってそれがYUKIだ。

 

小学生の頃に「PRISMIC」という一枚のアルバムをなにを動機としていたのかは忘れてしまったがレンタルショップで借りてそうとうのめり込んだのだろう。そのアルバムを時間を忘れるほどに聴いていた覚えがある。

 

それなのになぜか、それ以降のYUKIの楽曲を私はあまり知らないのだ。頭にあるのはJOYだとか、そういう有名どころの曲ばかり。別にYUKIが好きだと公言したこともなかった。

ただ、彼女のそのアルバムが好きだった。彼女の一番最初のアルバムである「PRISMIC」が、唯一、一番好きだった。

 

 

(というか「眠り姫」と「惑星に乗れ」という曲だけなぜかすごく好きで調べてみたら同じアルバムに収録されていた。そして記憶を掘り起こしてみたところ上記のような事実に辿りついたのでそれっぽく書いてみたって経緯だったりします)

 

 

と、言うわけで想い出の掘り起こし作業と共にそのアルバムのステルスマーケティングを行ってみようかと思う。

 

 

そんな彼女の最新シングルは「ポストに声を投げ入れて」という曲のようです。PV見てたら彼女の変わらなさにひっくり返るかと思った。

 

 

www.youtube.com

 

 

 

 

 

 

まず、PRISMICというアルバムはYUKIがJAMなどの活動を経て個人名義でのファーストアルバムのようです(wikiより)

シングルでのソロデビューから二ヶ月足らずでリリースされたとのことから、ソロでの活動で表現したかった世界はもうデビューのかなり前から練られていたのかな、と想像できます。

 

そんな、彼女のアルバムの一曲目が眠り姫。

 

ギターが爪弾かれて始まるスモーキーな世界観、サウンド。そんな曲調にのせて彼女は歌います。

 

「私の闇を 振り払うその手は ここにはもういない
生きている誇りもなく 誰かが言う「ただのわがままの果て」 わからないよう」

 

 

このアルバムで彼女は何を表現したかったのか、小さいころの私はそんなこと考えたこともありませんでしたがそれは「女の子の孤独」だったのかもしれない。

 

バンドでは、誰かがいたら結局一人の歌を歌っても一人ではない。

どんなに一人だと叫んでも結局一人ではない。

 

でも、周りに人がいるからって孤独が拭い去れるのか?それは、違うと思う。

ただ、周りに人がいたって孤独だということは、周囲はわかりづらい。

周囲から理解されづらいというのは、生きづらさに直結する。

 

彼女は自分の抱える孤独と向き合うために曲を作り、ソロでの活動をはじめ、一枚のアルバムを作ったのではないのだろうか。

 

もう、聴いたことないよって人は「え、それがなに」って思うのでしょうが、もう、うううとにかくとにかく聴いてほしい!!!

彼女の儚い歌声、少し洋楽を思わせるサウンド、歌詞、まるで曇り空を部屋の窓から見つめているような歌・・・私も自分で何をいっているかわかりません。曇り空を見つめてるような歌ってなんだ。わかりません。全然わかりません。

 

ただこのアルバムは女の子にありがちな「なんか憂鬱」「もうやんなっちゃった」「かと思えば有頂天」「でもすぐに憂鬱」「だけど進まなきゃ」「進もう」って世界が表現されています。

 

あと、多いのは別れの歌。愛おしい人との別れと、忘れの歌。アメリカのカントリーチックな音に乗せてゆったりと歌われていく別れと忘却、そして未来へ一歩踏み出すための決意。

洋楽の・・・ううん、なんていうんだろう。今でいうseaponyってバンドのような曲調かと思ったんだけど。彼らはなんて名前の音楽をしているのだろう。名前なんていいのか。記号なんていいのか。でも名前や記号がないと上手に表現できないことがあまりに多すぎる。今だってそう。YUKIって最初どんな音楽をやっていたんだろう。誰か答えを教えて。

 

(ぐぐったらseaponyはインディー・ポップ・ミュージックというジャンルだと言われているそう。なにそれ知らない。)

 

 

 

話が少し脱線しましたが、少女が大人に向かって一歩進むための途中過程がこのアルバムに詰め込まれています。

そして、今は少し流行ではない・・・のかな?ゆったりとしたカントリー調の奥深さ。その曲調と深い、儚い歌詞が共鳴しあってすごく、すごく聴きごたえがあって響く。

 

あと、いろいろごちゃごちゃ言いましたがとにかく、私にとってはPRISMICってアルバムすごく好きだなーって、それだけ。

YUKIが好きなんてこのアルバムと数曲しか知らないのに生意気なことは言えないけれどPRISMICに詰まった曲の世界観がまだ大人ではない自分に大きい影響を与えたのは確かで。今も自分の身体のどこかでこの曲が響いているのは確かで。

 

 

同じような人がいたら嬉しいし、誰かのそういう風に響いてる別の曲も知りたいし、このアルバムも聴いてみてほしいし、そんな感じでこのブログを書いてみました。

 

結局なにが言いたいのかっていうと・・・まぁ、わからないから最後にYUKIの曲で一番好きな惑星に乗れって曲の歌詞を載せて終わります。女子中学生のブログかよ。

 

 

 

 

 

 

あなたへと続く天の川を消えないうちに渡ろう

 

 

 

 

いつの日か2つの目で青い地球を見よう

その血の定め ~おばあちゃん家へ遊びに行った~

 

いつもジャニヲタなんだか仕事してる人なんだか頭おかしい激落ちくんを紹介してる人なんだかわからないブログを書いていますが今日もよくわからない文章を書きます。

 

この前おばあちゃんの家に遊びにいきました。北海道の真ん中の方の田んぼの多い町に住むおばあちゃん。

今年遊びに言って珍しく、その町の文化や昔のしきたりについて沢山話してもらいました。

 

 

皆さんの生まれ育った故郷や家庭には独特の文化、お家のしきたりなどがありましたか?

 

最近の話題としましては「君の名は。」の三葉のおうちなどがその地独特の文化が残っている家庭と言えるでしょう。

 

少しネタバレになりますが巫女として生まれ巫女として育つ道が決められたような風習、田舎独特の文化に共感した人もいたのではないでしょうか。私はどちらかというと、自分がこうだったらすごく嫌だな、と思っていました。

 

地方だしコンサートも行けないしバイトもできなくてなんなの!という雑念からあぁ良かった巫女として生まれなくてという大変残念な思考の持ち主です。私という人間は我ながら呆れた人間性をしています。

 

 

今やそのような文化は廃れているのかもしれはいし、残っているのかもしれません。

 

今やインターネットも普及した情報化社会の時代。価値観も多様化し、人は自由になりつつあります。

 

自分の価値観を自分で見つけ、そして行動出来る時代です。

職業だって、努力は必要だとしてもなんにでもなれる可能性が高い(まだお家柄など様々な事情があるかもしれないにせよ)

 

その土地に生まれ、その土地に育ち、その土地で死んでいくことが当たり前の国ではなくなってきているのでしょう。

 

 

ただ、おばあちゃんから思い出話を聞かせていただいて。その話に出てきたのは自分の持っていた当たり前の価値観とは違う言葉ばかりでした。

 

おばあちゃんの生きた時代はその土地で生まれ、その土地で生き、その土地の人と出会い結ばれ、子供ができ、そしてその土地で死んでいく時代。

 

田舎に生まれた祖母、部落、厳格な父親、貧乏故に通えなかった学校、コネ入社の人ばかりで農協に就職できなかったこと、お手伝いはさせてもらってたこと、お金持ちに生まれた祖父とのお見合い、結婚、農家の嫁にはならないと決めていたのに祖父が農家を継ぐことになったこと、農家の嫁として生きた時間、子供と孫が生まれ幸せだったこと、たった1人でした痴呆症の曽祖父の介護…

 

 

当時、男は仕事をし、女の人は家事をするような風習が色濃く残っていたそうです。

 

なんだかもう、今の時代にインターネットに書き込んでしまえば大炎上するんじゃないかって話ばかりでした。

今は男女の性差について様々な意見がある時代だと思っていて。生き方についても多様性が認められている時代。インターネットの上では理想も含めなおさらそうなのかもしれません。

 

だからこそ、こんなクソヲタクブログでもインターネットの片隅に昔そういう歴史があったことを書いて置いた方がいいのかな、と思っ健忘録も含めてこの記事を書いてます。

っていうかなんかすごい情報量だったから書いてまとめたりしないと頭爆発しそうだし自分じゃ抱えきれないw

 

 

それでも今こうして幸せだからそれで良かったんだと話してくれるおばあちゃんがいることが、私の救いでした。

 

「自分を抑えてきた」という言葉が何度も出てきて、私も頭のどこかで「抑圧」という言葉が浮かんでいました。

私もそれまで気付けなかったのですが、きっとおばあちゃんはもともと勝ち気で、主張の強い人だったのでしょう。(お見合い相手を探す時からずっと「私は農家には行かん!」と主張していたらしい)

 

でも、嫁いだ先が厳しくて最初こそ何度も帰ろうとしたけど従うことに決めた、と話していました。ずっと自分を抑えていたんだと思います。結婚してからなのか、勤めてからなのかは本当はわかりませんが。

 

ただ、子供が生まれ孫が生まれ、孫の私が20年はとっくに生きそろそろオババかなというところで、厳しかった曽祖父が穏やかに天国へと旅立ち、そして数年経ったことでやっと自分を解放できたのかもしれません。

 

今になってやっと「おばあちゃん昔はこうじゃなかったんだよ。昔は音楽が好きで、小林旭五木ひろしが大好きで…でも、おじいちゃんが生演奏とかそういうの嫌いだから言ったことがないんだ」って話もしてくれた。

 

(完全余談ですが結局私がヲタクなのは血筋でしたね。父方の祖母も氷川きよしのおっかけを続けていて、父は元バンドマンで母は洋楽バンドのレコードのコレクションが家にあるし従兄弟はエビ中ヲタ)

 

ずっと昔に(私の母が子供の頃)五木ひろしのコンサートが地元であってそれにおばあちゃんを行かせてくれと母と叔父でおじいちゃんに頭を下げたのに行かせてもらえなかったこと、それ依頼コンサートに行きたいとは言わなくなったこと。それを私の母が覚えていて最近五木ひろしのカレンダーを送ってくれたことも話してくれました。

 

ジャニヲタの私としては「いや!いや!?おかしいでしょ!?」案件でありいや勝手に行くでしょ!おかしいでしょ!ありえないから!と言いたくなるところだし出来ることなら過去に戻って過去を引っ掻きまわしてやりたいくらいなものですが…やっぱり時代なのかもしれません。

 

そして、おばあちゃんだけでなく自分のお母さんの歴史についても話してもらって。

 

厳格な家に生まれ小さい町で優等生として育ち早く地元を出たがっていた、大学で一人暮らしを始めた先で今のお父さんに出会って恋愛をして、教職につき、当時お父さん無職で厳しい曽祖父に反対され北海道から東京に駆け落ち…

 

おじいちゃんも、農家の家に生まれ、生まれた時から田んぼの名義が自分名義になっていて農家を継ぐような流れになっていたのが嫌だったと言っていた。そして学生時代に芸術に目覚めその道を目指そうとしたこと、弟が農家を継ぐはずが弟が勝手に就職し家を出てしまって自分が継がざるを得なくなった。逆らう事はできなかった…と話してくれました。

 

いつも穏やかなおじいちゃんおばあちゃんからはじめて聞いた言葉ばかりでした。

 

(特にこの農家に嫁ぐ気は無いという主張は誰にも言ったことがなくてこの前自分の子供(私の母と叔父)に話したらたいそうびっくりしていたそうです。笑って話していました。)

 

 

なんというか、うまく言えないのですが。

ボキャ貧な私は「ジョジョか!!!!」としか言えません…!!!

 

 

人生とは面白いもので、本当にいろいろなことがあるのだなと思いました。

生まれた土地で育ち生きていった祖母、生まれた土地を出て上京して暮らす母、そしてその上京した場所で育つ私…その時の時代の流れや風潮に流されながら逆らいながらもその人生という海を泳いでいるのかもしれない、と思いました。

 

それぞれが先祖からの要素(どこに生まれたとかどういう風習があるか)を受け継ぎながらある時は従い、ある時は逆らいながら生きている様子がまさに…

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョジョ

 

 

 

 

 

 

(これしか言えない自分を殴りたい)

 

 

 

 

 

そして、感じたのは私にとっておばあちゃんは「おばあちゃん」、おじいちゃんは「おじいちゃん」だったのかもしれません。ロール、というか、これまでおばあちゃんのこと、おばあちゃんとしてしか見れてなかったのかもしれない。自分で書いていていやになる言い方だけど、ただおばあちゃんやおじいちゃんと一緒にいる時間に夢中になっておじいちゃんおばあちゃんの人そのものについて、子供すぎて見ることができなかった。

 

優しくて、ご飯が美味しくて、いろいろなことを教えてくれて、励ましてくれて、いっつも笑顔で怒らなくて。

でも、今回の旅行で出会ったおじいちゃんおばあちゃんは一人の人間でした。

決められた道を歩むことが当たり前で、それを外れるという価値観すら無かった時代に生き、人生を歩み続けた笑いも泣きも怒りもする一人の人間だったのです。

 

おじいちゃんら はもともとそういう感情とかを子供や孫に出す人ではなかったとおばあちゃんは言います。

 

おばあちゃんは性格的に「こうあるべき」が強い人なので母の前で私の前で、いろんな人の前でよく振舞ってくれていたのかもしれません。

 

 

私は見る目がなかったのか、やっぱり孫だったのか、と少ししょんぼりとしました。だけど、私にも孫としての役割があるのならば、そこに気付かず甘えることも孫としての役割なのかもしれません。

 

 

最後に、おじいちゃんおばあちゃんに「それなりのことをしてそれなりの人生になった、子供も孫もできてこれでよかった。いい人生だ」とも言ってもらえてなんだか救われた気分になったりもしました。

小学校のころ私がおばあちゃんの家に毎年遊びに行っていたのも喜んでいてくれて、それで人生が変わったのかもしれないと嬉しそうに話してくれたことも、救いでした。

 

 

おじいちゃんもおばあちゃんも長生きしたから、私もきちんと生きて大人になったから、味わうことが出来た時間だと思います。途中で誰かが死んでしまったら、絶対に来なかった時間。

人は誰かと関わっている限り誰かにとって大切な一要素なのかもしれない。今はそうでなくても未来にとても大切な要素になるのかもしれない。人生は本当にどう転ぶかわからない。本当にわからない。だから、生きよう。そう思わされました。

 

 

特に、おばあちゃんが就職したかった時に周りがコネ入社ばかりで就職ができず悔しい思いをした話で私が「そんな人たちは罰があたるぞー!」とその場を明るくしようと話したら「そういう人らが今腰を痛めてるのを見て内心…」と言うので2人で「ざまーみろって思うね!」と言いながら冗談混じりに笑っていたときに思いましたwww

おばあちゃんがそんなこと言えるようになったのも、時間のおかげかもしれません。

 

本当に人生はどうなるかわからない、今がどん底でも誰かに痛めつけられていても生きている限りはいつかなにかの形で自分は幸せになることが出来る。

今どんなに辛くてもいつか笑うチャンスが生きていればある。今どんなに誰かにいじめられていてもいつかその人豆腐の角に頭ぶつけて痛い思いするかもしれない。自分はそれを馬鹿だなと笑える日が来るかもしれない。不謹慎な言い方だけれど、とにかく生きること、生きることが大切なんだと思わされた旅行でした。

 

これまで何回も旅行して、おばあちゃんの家に遊びに行っていますが今回の旅行が一番、どこに行ったわけでもないのに一番、ボリューミーな旅行だったのかもしれない。本当に本当に、大きな経験をしました。

 

 

…まとまりがなさすぎますがこれで終わります。

 

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美しい農道。

この地にある意味お客様として足を踏み入れた私も、この地で畑を耕してきた祖父母も、美しい声を揃える景色。

 

一人暮らしのジャニヲタが買ってよかった生活用品

 

 

はい!という訳で一人暮らしをはじめてから4年くらい経つので入手して良かった生活用品を紹介します。

柔軟剤とか清掃用具とかね!

最初から出会っていれば生活もっと楽だったよーって品物が沢山あります。お掃除が楽しくなったりとか。なので紹介!紹介!ちなみにだいたいがプチプラです。お金ないから。

 

で、正直ジャニヲタとは全然関係ありません!

なぜならグッズ保管も適当だから!ショッピング袋にいれてクローゼットにボーン!です…ごめんねつかちゃん…。

 

ここまででわかると思うのですが生活ぶりがかなりの雑加減なのですみません…同じような人いたらぜひ使ってみてください…。

 

 

1.ニット用洗濯ネット

 

こんなやつ、ぼーん!

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315円ショップとかで色合いが可愛いのが売ってます。

冬場ニットを洗濯したときにハンガーにかけるとどうしてもびよーんと伸びてしまうと思うのですが、これさえあればその心配がありません!

干すのも服をぽんと置くだけ!簡単!

 

(夏場は洗濯物を干すという行為すらめんどくさい時にTシャツをボンと置いたりしてました。ズボラ。)

 

2.クイックルワイパー

 

私はもともと家にクイックルワイパーがなくて、雑巾で床を乾拭きしておけば大丈夫だろう!と思いながら生活していましたがやっぱり限界があります。仕事して帰ってきて床と向き合いながら雑巾を拭いているとなんだか自分が何者だかわからなくなってくるのです。私は誰だ?床と同化してるのか?

時間のある時は雑巾の方が生きてる感というか「ご自愛感」とかあるのですが疲れてるとなんだかよくわからなくなってくるものですね。わたしだけですか?

 

で、疲れてるとクイックルワイパーだとなんだか床を拭いてる人間って感じがします(個人の感想です。雑巾の方が汚れ落ちいいのかな?わからないけど雑巾派の方ごめんなさい。)

クイックルワイパーのシートには虫除けのだったりいい香りのだったりいろいろあって気分で楽しめます。私はいつも紫色の香りのするやつを使っています。

 

3.掃除機(大きいやつ)

 

会社の後輩が「やっぱりハンディの掃除機じゃなきゃ掃除はできませんね」と言って会社の福利厚生で掃除機を買っていたので真似してゲットしました。だから無料。じゃなきゃ買わなかったとおもう。高いし。コンサート何回分なんだ。そんなお金で掃除機買うくらいならそのお金で金髪の塚ちゃんの写真同じ種類の何千枚と買って部屋を埋め尽くし伝説になりたい。

 

で、も!!!!これ!!!!手に入れて良かった!!!!!

 

 

ちょっと大きいサイクロン式の掃除機なのですがとにかく吸引力がすごい!吸引力!!とっつーばりの笑顔で言いたい!!!っていうかカウコンの帝劇からの収録で生理用品のCMの吸引力っていうのやっぱり伝説だよね…。

 

話がそれました。

 

 

とにかく何でも吸う!ハンディの掃除機を使ってる人はぜひ何らかの形で手に入れてほしい!!!サイクロン式の掃除機が余っているこの世界の人は掃除機を持っていない人に譲渡した方がいい!みんなで分かち合いたい!私もお金もちだったら絶対に掃除機くばる…掃除する…。

 

本当、ずぼらな人におすすめです。これまでクイックルワイパーして集めたゴミをハンディ掃除機で吸って、それでもとれないゴミはコロコロしたりしてたんだけどその手間がかなり省けた!!!!

 

後輩くんありがとう。まじで。

 

 4.ベッド

 

「ベッドなかったんかい」

 

というツッコミはよしてください…。

どうせそのうち引っ越すからと敷き布団で生活していたのですが彼氏ができて家に来るタイミングで慌てて買いました…ベッド…ほぼ見栄です。その人とはもう別れました。それでも無駄だとは思わない!!!ベッド買って良かった!!!

 

ベッドがあるとなんとなくオシャレな部屋というか(布団よりは)そんな雰囲気があるし、ベッドの下に収納スペースが出来るしすごくいい!私の家はクローゼットが人が一人入れるかくらいの狭いスペースなので少しでも収納スペースが確保できたのが大きいです。

 

うん!ベッド!ベッド最高!!

 

5.イケアのキッチンラック

 

SUNNERSTA ワゴン - IKEA

 

これ!

私の家は台所も収納スペースが全然なく料理の時も調味料どこだだのでてんやわんやすることがありました。

この棚に調味料やら鍋を並べてそういう手間がなくなったように思います。

ちゃんと整理しないとごっちゃごちゃのカオス空間が出来上がるところだけは注意しないといけませんが。

 

あと床の素材によっては棚の脚がめり込みます。気をつけましょう。賃貸…。

 

 

6.激落ちくん

 

正直これが言いたかった!!!!!そのためにブログ書いた!!!

 

この激落ちくんというのは100均とかに売っている白いスポンジです。水を含ませ汚れたところを擦るのですが…

 

 

本当に、割となんでも落ちます!!!!

 

 

本当に!!!わりと!!!!なんでも!!!!落ちる!!!!

 

 

 

 

わりと!!!なんでも!!!!

 

 

私はゲーセンで働いていたのですがその時から愛用していまして、その性能の良さは私が保証します。もうなんでも落ちる。落ちづらかったら根気強く擦れば落ちる。

 

例えば床についたガム、台所のシンクのサビ、洗面所のぬめり、水垢、泥汚れ、油汚れ、など、など…

 

いろいろなサイズがあって使いやすいし自分の好き勝手にちぎって使っても可!!!最高!!!!!

 

安いし!!!!本当に落ちる!!!

 

 

 

ぜひみんな買って!こんな見た目をしてるから!見つけてください!!!

 

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あとこの激落ちくんシリーズのシンクのぬめり取りもおすすめです。これを使い出してからすぐに汚れた排水口の受け皿(?)が全然ヌメらなくなり、生ゴミのニオイもなくなりました。本当におすすめです。100円なので騙されたと思ってみんなつけてくれ。

 

 

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7.重曹

 

はい!でました重曹!!!

これはテレビとかでも紹介されてるかもしれませんがとりあえずニオイを消したかったり汚れ落としたいところにぱっぱっぱとふっかけて置いとけば万事解決という認識でお間違いは無いですかね!!!!!(違うか) 

 

生ゴミいれたゴミ袋とか靴とか玄関とか風呂場にもう魔よけの塩の如く振りまいています。白い粉が舞い散る部屋でいつか麻薬所持の疑いをかけられないかひやひやしながら生活をしています。私の家に来た人絶対「なにこいつヤク中かな…」って思ってるよね…あ、友達いないから全然家に人こないわ…

 

 

 

あ!足のニオイとりにもいいしですよ!!私の夏場の足もこの重曹をお湯に入れて足湯をすることで悪臭を放つ事は免れたかと思います!!!!あれ!!?!?臭かったかな!?!?あれれ!?!?誰か教えて!?!?

 

あと、先ほど紹介させていただきました激落ちくんとのコラボが最高で、台所の換気扇とか油汚れでベタベタなのも重曹を振りかけて水に晒してから激落ちくんで擦るとするする取れました。これに関してはあまりに感動して動画も残しているのでいつか載せたいと思います。

 

あと重曹だからホットケーキとかにいれたらもっと膨らむんじゃないかな~!!!膨らましたいものにどんどんいれてこー!!!!(適当)

 

 

 

 

っていうわけでそろそろ好きなバンドのライブがはじまるので終わります!!!!

一人暮らしをしているみなさん!していないみなさん!も!ぜひ!便利な生活用品教えて

くださーい!!!

 

っていうかベッドとか掃除機って生理用品じゃないか。

 

あと柔軟剤の紹介も忘れてたね。

 

 

 

私が使ってるのはアロマリッチ

LDKって比較雑誌を好きで読んでるんだけどそこでふんわり感と香りの持続性が高評価だったから!!!

 

 

確かにいい香りだしA.B.C-Zのライブタオルもふんわりしますよ~!!!!!!!どんなタオルでもするか!!!!!

 

 

 

 

 

 

A.B.C-Zって言いたかっただけです!!!!

 

 

 

 

アイドルの脱退、バンドの脱退

 

大好きなバンドでドラムを叩いている方が脱退した。

つい一週間くらい前のことなのに遠い過去の出来事のようでもあるしつい一時間前の出来事のように思える。

 

15年続けてきたバンドを脱退するということはどういうことなのか、私はこれまでの人生で経験したこともなかったのでわからなかった。そして、私はそれを見守る立場にも立ったことが無かったのである。

 

そして、脱退に伴うイメージというのも私の中であまり良いものではなかった。ずっとアイドルを追いかけてきた私からしたら脱退=事務所をやめるだとか当然の人事での別グループへの抜擢…そして元のメンバーと疎遠になってしまう、などのマイナスイメージがどうしても払拭できない。

 

一番最初に好きになったアイドルは声も聞かないうちに事務所を辞めてしまった。彼がいたグループをしばらく見ることが出来なかった。彼がいないまま進んでいく時間が悲しかった。そのグループにいる彼も好きだったし彼そのものも大好きだったから。なんだかそのグループも別のものに見えてしまって見ることが辛くなってしまった。

 

 

どうして脱退なんだろう、そんなことを考えても仕方ないしそもそも理由がわからなかった。仲違い、方向性の違い、とにかく重かった。バンドにせよアイドルにせよメンバーが減るという事実が重かった。 

 

そのバンドはキーボードの方も加入し、抜けている。その前に別のキーボードの方だったりギターの方だったり、いろいろとメンバーの動きがあったバンドではあるのだが自分が応援してはじめてだった。5人のバンドが3人になるということが。

 

 

そして、そのドラムの方のバンドとして最後のステージを観に行った。それが脱退に関していろいろと考え方の変わるきっかけになるとは会場に足を運んでる途中は夢にも思わなかった。

 

 

会場にはファンからの花輪が飾られていて、そしていつもよりも人が多い気がする会場、いつもより広い会場に、あぁ特別なんだ、と感じた。今日という日もそうだし、そのドラムの人も特別なんだ。特別だということをみんな肌で感じている結果なのだと思った。

 

 

 ステージを観ていてもいつもと変わらない、変わらないように見せているのかもしれないけれど相変わらず多幸感に満ちたライブだった。それが逆に悲しくもあった。同じような時間はもう訪れないことを誰もが知りながらそれを口にしないような壊れそうな儚さがあった。5人いたバンドが3人になってしまうってなんだろう、もうだめなんじゃないか。彼等の音楽はどうなってしまうんだと頭のどこかで思っていたことを覚えている。

 

バンドは音の連なりだ。音が重なって一つの音楽ができる。その要素が五つあったものが三つになったり要素が変わってしまえばそれはもう同じものではない。そしてバンドは音の連なりでもあり、人が重なって出来るものだと思っている。だからこそ私にとって脱退という事柄が重い。未来が見えない。

 

ただ、そのバンドのメンバーは未来を見ることをやめていないように見えた。

そしてバンドから抜け、今バンドとして活動していない人達も含め、だ。

 

 

そのライブは以前バンドを離れたキーボードの方もスペシャルゲストとして参加していた。久しぶりにみたその人は髪が黒く、艶やかになっており時間の流れを感じる。以前その人は脱色を繰り返していて、ミドリカワ書房さんと対バンする時は髪を緑にしてくるような人だったから。

演奏は相変わらずで、自分がそのバンドを知った時そのままだった。キーボードの人も楽しんで弾いているように見え、そのライブを盛り上げるために飛び道具のようなパフォーマンスをしてくれた。昔を懐かしんで音を奏でているみたいだった。会場まるごとその時代を懐かしむような雰囲気になった。あれ?と思った。バンドやアイドルの脱退は気まずさや後ろめたさを伴うのかと思ったけれどこんなに気持ちのいい形でコラボレーションができるんだ…と。ここで、自分の脱退に関する価値観が変わった。

 

ライブで発売されたバンド15周年記念の雑誌からも感じた。その本には脱退したメンバーも含めたインタビューが残されている。その質問の中には「20周年の時にそのバンドはどうなっていると思う?」という質問があった。

 

そこに、脱退したメンバーからも「武道館ライブ」や誰からも愛されるバンドに…といったことが書かれていた。脱退してもなお、彼等はそのバンドやバンドの奏でる音楽を愛していたように思う。それが自分の進みたい方向と違ってバンドを抜けても、その先を見守り愛し続けているのである。

 

 

バンドは、船旅のようなものなのかもしれない。仲間が増えたり減ったりしながらも進み続ける。目的がある船も、ない船もあるかもしれない。でも、その船に一度乗ったもの達は船に今乗っていようがいまいがクルー、だ。その船の歴史の一要素であることには変わらない。だから船を降りてからもその船での旅を懐かしんだりその船の行く先を見守り応援することができる。そんな存在なのかもしれない。バンドとは、…アイドルも、なのかもしれない。

 

 

個人的なイメージで今あるものはずっとここに在って欲しいと思ってしまう。

そしてアイドルに関してはまだ終身雇用のようなイメージが強い。ただそれはアイドルとしての旬を超えた先の活動を行う事例というものがあまりなく、この国のアイドルの在り方というものがまだきちんと決まっていないからかもしれない。(ただ単に私が物事を知らないだけかもしれない)

 

 

アイドルも、バンドももっと自由なのかもしれない。自由でもいいのかもしれない。自由であるべきかもしれない。

 

 

どの言葉がうまく当てはまるかはわからない。ただ、私は大好きなバンドのメンバーが減ることで改めて、新しい価値観を手にしたのである。