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ささくれになりたい

塚田くんのささくれになりたい塚田担、最近トラジャが気になる。懐古したり、妄想したりします。

アイドルの脱退、バンドの脱退

 

大好きなバンドでドラムを叩いている方が脱退した。

つい一週間くらい前のことなのに遠い過去の出来事のようでもあるしつい一時間前の出来事のように思える。

 

15年続けてきたバンドを脱退するということはどういうことなのか、私はこれまでの人生で経験したこともなかったのでわからなかった。そして、私はそれを見守る立場にも立ったことが無かったのである。

 

そして、脱退に伴うイメージというのも私の中であまり良いものではなかった。ずっとアイドルを追いかけてきた私からしたら脱退=事務所をやめるだとか当然の人事での別グループへの抜擢…そして元のメンバーと疎遠になってしまう、などのマイナスイメージがどうしても払拭できない。

 

一番最初に好きになったアイドルは声も聞かないうちに事務所を辞めてしまった。彼がいたグループをしばらく見ることが出来なかった。彼がいないまま進んでいく時間が悲しかった。そのグループにいる彼も好きだったし彼そのものも大好きだったから。なんだかそのグループも別のものに見えてしまって見ることが辛くなってしまった。

 

 

どうして脱退なんだろう、そんなことを考えても仕方ないしそもそも理由がわからなかった。仲違い、方向性の違い、とにかく重かった。バンドにせよアイドルにせよメンバーが減るという事実が重かった。 

 

そのバンドはキーボードの方も加入し、抜けている。その前に別のキーボードの方だったりギターの方だったり、いろいろとメンバーの動きがあったバンドではあるのだが自分が応援してはじめてだった。5人のバンドが3人になるということが。

 

 

そして、そのドラムの方のバンドとして最後のステージを観に行った。それが脱退に関していろいろと考え方の変わるきっかけになるとは会場に足を運んでる途中は夢にも思わなかった。

 

 

会場にはファンからの花輪が飾られていて、そしていつもよりも人が多い気がする会場、いつもより広い会場に、あぁ特別なんだ、と感じた。今日という日もそうだし、そのドラムの人も特別なんだ。特別だということをみんな肌で感じている結果なのだと思った。

 

 

 ステージを観ていてもいつもと変わらない、変わらないように見せているのかもしれないけれど相変わらず多幸感に満ちたライブだった。それが逆に悲しくもあった。同じような時間はもう訪れないことを誰もが知りながらそれを口にしないような壊れそうな儚さがあった。5人いたバンドが3人になってしまうってなんだろう、もうだめなんじゃないか。彼等の音楽はどうなってしまうんだと頭のどこかで思っていたことを覚えている。

 

バンドは音の連なりだ。音が重なって一つの音楽ができる。その要素が五つあったものが三つになったり要素が変わってしまえばそれはもう同じものではない。そしてバンドは音の連なりでもあり、人が重なって出来るものだと思っている。だからこそ私にとって脱退という事柄が重い。未来が見えない。

 

ただ、そのバンドのメンバーは未来を見ることをやめていないように見えた。

そしてバンドから抜け、今バンドとして活動していない人達も含め、だ。

 

 

そのライブは以前バンドを離れたキーボードの方もスペシャルゲストとして参加していた。久しぶりにみたその人は髪が黒く、艶やかになっており時間の流れを感じる。以前その人は脱色を繰り返していて、ミドリカワ書房さんと対バンする時は髪を緑にしてくるような人だったから。

演奏は相変わらずで、自分がそのバンドを知った時そのままだった。キーボードの人も楽しんで弾いているように見え、そのライブを盛り上げるために飛び道具のようなパフォーマンスをしてくれた。昔を懐かしんで音を奏でているみたいだった。会場まるごとその時代を懐かしむような雰囲気になった。あれ?と思った。バンドやアイドルの脱退は気まずさや後ろめたさを伴うのかと思ったけれどこんなに気持ちのいい形でコラボレーションができるんだ…と。ここで、自分の脱退に関する価値観が変わった。

 

ライブで発売されたバンド15周年記念の雑誌からも感じた。その本には脱退したメンバーも含めたインタビューが残されている。その質問の中には「20周年の時にそのバンドはどうなっていると思う?」という質問があった。

 

そこに、脱退したメンバーからも「武道館ライブ」や誰からも愛されるバンドに…といったことが書かれていた。脱退してもなお、彼等はそのバンドやバンドの奏でる音楽を愛していたように思う。それが自分の進みたい方向と違ってバンドを抜けても、その先を見守り愛し続けているのである。

 

 

バンドは、船旅のようなものなのかもしれない。仲間が増えたり減ったりしながらも進み続ける。目的がある船も、ない船もあるかもしれない。でも、その船に一度乗ったもの達は船に今乗っていようがいまいがクルー、だ。その船の歴史の一要素であることには変わらない。だから船を降りてからもその船での旅を懐かしんだりその船の行く先を見守り応援することができる。そんな存在なのかもしれない。バンドとは、…アイドルも、なのかもしれない。

 

 

個人的なイメージで今あるものはずっとここに在って欲しいと思ってしまう。

そしてアイドルに関してはまだ終身雇用のようなイメージが強い。ただそれはアイドルとしての旬を超えた先の活動を行う事例というものがあまりなく、この国のアイドルの在り方というものがまだきちんと決まっていないからかもしれない。(ただ単に私が物事を知らないだけかもしれない)

 

 

アイドルも、バンドももっと自由なのかもしれない。自由でもいいのかもしれない。自由であるべきかもしれない。

 

 

どの言葉がうまく当てはまるかはわからない。ただ、私は大好きなバンドのメンバーが減ることで改めて、新しい価値観を手にしたのである。