ささくれになりたい

塚田くんのささくれになりたい塚田担、最近トラジャが気になる。懐古したり、妄想したりします。

雑記

どうしようもない思いや言葉の行き着くところというのは何処なんだろう。

 

ツイッターだとか私生活だとかある程度「私はこういうコンテンツです」と伝わっているようなところ以外ではそういうのじゃない自分というのは伝えづらい。

 

…そういう事を言い始めてから何年になるのだろう。私の居場所はいつもインターネットにある。それ以外で、どう居場所が出来てきたのだろうかそれを私は知らずに生きてきたように思う。

 

 

最近は仕事がうまくいかない。仕事上の人間関係ばかりが続いている。仕事がうまくいかないと自分という人間が無力だと、自分自身で痛めつけてしまうし、長時間の対応も増えて自分という人格がぼんやりとしてくる。

 

お前は使えないのだから休まず働け、と心の中の自分が言う。だけれど、そうして足を進めていてもずっと頭のどこかで辞めたいだとか逃げたいだとかとつぶやいている。

 

つらいつらいと、仕事はするものじゃないと誰が言っていた気がするけれどつらいつらいと思わずに生きていく方法がわからない。仕事に限った話じゃなくて。

 

もちろん幸せなこともあるし感謝もある。だけれど、頭の中で幸せと感じる回路と不幸せを感じる回路は別ものな気がしている。生まれてきてよかったと思う幸せがあればまた、死にたくなるほどの不幸もあるし、幸せだからといって不幸せさが帳消しになるわけではない。

よく、「楽しいことがあるならいいじゃない」とか「大丈夫だね」と言われる。でも別にそういうわけではなくて。でも心配されるのもまた少し、大変だから適当に終わる。

 

 

多分、同性の同期と、自分を社内で比べられてその相手の方が優れているということを遠回しに上司に伝えられたことが響いたのだろう。多数決で出た意見だと言われて、疑心暗鬼になっているのだろう。常にお前はだめだ、使えないと言われている気がしている。だから目の前の人は私のことを…みたいなものだろう。被害妄想だ。

 

小さい人間だと思う。せめて自分を信じ、愛することができれば。

 

いっそ愛しすぎてこんな下らないことで落ち込んでいるのかもしれない。