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ささくれになりたい

塚田くんのささくれになりたい塚田担、最近トラジャが気になる。懐古したり、妄想したりします。

私は塚ちゃんのささくれになりたい



私のツイッターのプロフィールには長いこと「塚田僚一のささくれになってちぎり捨てられて死にたい」と書かれています。

人間はなぜ塚田僚一のささくれになりたがるのでしょうか。

…ん?ささくれになりたくないって?
まぁまぁまぁまぁ、落ち着いてください。



塚ちゃんは陽の雰囲気を纏った人です。
「ポジティブ」そのもの…というより、ポジティブを自分の手で掴んで見せた人。

昔どこかの雑誌で「自分はネガティブだと思う。考え出すと止まらない」と話していたくらいの人でした。
もともとは神経質な一面も持っているのかな、とも思います。その中で大らかに生きたい、と様々な世界を見ることで自分の視野を広げていったような、そんな気がしています。

(ついでにえびきす対談では他メンバー二人が鍵のかかる部屋に二人きりになったというデマをなぜか流したり厄年には財布をなくしドアに指を挟みツメをだめにし、これからバレエがくる!とスタジオを探した話をしたと思えばそれ以降一切その話が出てこなかったりテレビの収録のスタンバイで自分の誕生日をお客さんにゴリ押しアピールしたり自分はネガティブだ…と言いつつ相変わらずぶっとんでる塚ちゃんは健在です)




そんな塚ちゃんが、ふとマイナスな感情を見せるのなんて、かさぶたとかささくれぐらいなんだと思うんです。

ささくれだったら「あー、できちゃった」なんて冷たい目で見てあのきちんと切られた指先で摘まれて塚ちゃんの身体から切り離されて捨てられることでしょう。



っていうかささくれって塚ちゃんの身体の一部なんですよ!?!?


元、塚田僚一なんですよ!?!?!?!?

いや、もう私塚田僚一でしょう?

…なるしかないよね。




と、いうことです。

はい、そういうことです。





少し前、今より少し不器用でマイナスな感情は飲み込むしかなかったような、塚ちゃんにとって、唯一いらない存在になれたら。そしたら、いいなって。思ってました。ステージで光る塚ちゃんを見ながら。
でももうきっと塚ちゃんはささくれなんてなくても感情の折り合いは付けられるんだと思うんです。もう、塚ちゃんは。
だけど、私はあなたのささくれになりたかった。


そんな私の願望の第二候補は「塚ちゃんの携帯電話になってお尻のポケットに入れられて座った時にあの圧で画面がバキバキに割れた挙句そのまま公園のベンチに置き去りにされたい」です。


この人生でどれほどの徳を積めばそうなることができるのでしょう…。

教えて、神様。